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 ロック史を体系的議論から解き放ちながら、サイケデリアの土着性とハードロックの非継承性を論ずる。主要1000タイトル、20年計画、週1回更新のプログ形式。
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「inu/メシ喰うな(1980)tkca-71438」 2010年4月10日 草より出でて草にこそ入れ

 
 谷啓から草刈正雄になって洋物アンティークが多くなりあまり見ていなかったNHK「美の壷」を久しぶりに鑑賞。中国茶器特集。ああすればこうなる、といった技術的なことに全く興味が持てない小生、煎茶とか紅茶とか珈琲とか、技術を競うようなものを軽んじ、一方で、茶の粉末放り込んで湯を注いだあとは強制撹拌、という、技術も何も殆ど無い、ある種野蛮な抹茶の世界で遊んでいたが、そんな主義などどうでもよく、道具には心魅かれるのだから仕方が無い。紫沙茶壷欲しいいい。煎茶用の、小ぶり薄手の茶呑みを備前と萩で所持しているが、これらで呑む酒は旨し。
 今週の楽しみは何よりも、珍しくモーニング巻頭を飾る「へうげもの」での、山田先生と細川護煕氏との対談であった。応仁の乱以前から続く名門細川家の当主にして元県知事、そして元総理にして現在は陶芸家の護煕氏(結構よい井戸茶碗を作っている…茶室も凄い…)、多くの方はご存知だろうが桃山一の知識人、細川幽斎の化身として漫画「へうげもの」に登場している。読まざるを得ないので詰まらぬコンビニで浅ましく貧しく立ち読みするに、仰天エピソードあるある。幽斎が息子の三斎(忠興)の茶会に招かれた際、懐からナマコを取り出し、忠興から差し出された濃茶に放り込んで飲み干したという逸話。最近、美術手帖の表紙で、会田誠とその仲間たちが全員ナマコを手にしている写真が使われていたが、その程度のことは安土桃山時代にやっていたわけだ。閑話休題、今朝、横川駅前で、「小松親分とその愉快な仲間たちご一行様」と書かれた、岡山観光バスが駐車していた。小松親分とその仲間たちは、岡山から広島の横川まで、一体何をしにきたのだろう。また、以前、歴史ヒストリアだったか歴史ヒストリエ(寄生獣?)だったか忘れたが、NHKの低俗歴史番組でも、明らかに「へうげもの」に触発されたのだろう、古織公が取り上げられ、山田先生も出ていた。また、松岡正剛が織部賞をだいぶ前から設立授与しているし、同じくだいぶ前だが漫画夜話にも「へうげもの」は取り上げられ、何にせよ現在、織部繚乱の気運の高まりが顕著である。(ちなみに小生は「へうげもの」と出会う前から茶碗収集に興じていた。出会った時は反発もあったがたちまちぞっこん)
 「へうげもの」コミックス買って表紙カバーの所定の一部を葉書に貼って送ったら抽選で当たるという「へうげ十作」とか、何度も応募しているが全く当たりません。結構熱烈なメッセージを書き送ったのだが、残念である…。
 茶人、古田織部正重然にしても漫画家、山田芳裕先生の「へうげもの」その他諸作品にしても、小生が本気で書き出したらきりがないので止めておいて、今宵は、ずっと以前に宿題にしていた、小生が推奨するNHK大河ドラマ「へうげもの」のキャストを、見切り発車で発表。無論、NHKでなくてもよい。
 古田織部:オーディション(あるいは佐野史郎?野村万斎?何故かTOKIOの城島茂?いっそ石坂浩二に賭けるか、いや、違う…) 
 おせん:和久井映見 ◎
 千利休:水木しげる ◎
 織田信長:阿部寛 ○
 豊臣秀吉:堺マチャアキあるいは金丸信
 豊臣秀長:石坂浩二
 おね:オアシズ 大久保佳代子 ○
 山上宗二:チャゲ ○
 高山右近:オダギリジョー
 織田有楽:役所広司
 細川藤孝(幽斎):細川護煕 ○
 細川忠興(三斎):船越英一郎あるいは小日向文世
 上田左太郎(宗箇):寺山修司
 本阿弥光悦:ビートたけし、あるいはシベリア文太あるいは荒俣宏
 小堀作介(遠州):さかなクンあるいはピーター
 加藤清正:具志堅用高
 福島政則:アドルフ・ヒトラーあるいはホンコン
 茶々:堀北真希 ◎
 出雲の阿国:壇ふみ ◎
 柳英子:沢口靖子 ○
 長谷川等伯:武田鉄矢 ○
 加藤景延:タモリ
 長次郎:笠 智衆 ○
 へち貫:坂上二郎 ◎
 弥助:ジェロ
 荒木村重:グレート義太夫あるいは清原
 松永久秀:三船敏郎
 石田三成:ゲッベルス
 柴田勝家:ボルマン
 岩佐又兵衛:玉袋筋太郎
 徳川家康:伊藤四郎あるいは足利義満あるいは吉田茂
 蒲生氏郷:寺尾聰
 伊達政宗:市川亀次郎
 寺沢広高:コブラ
 石川数正:西田敏行
 本田忠勝:田中角栄
 明智光秀:原敬
 前田利家:江頭2:50
 丹羽長秀:大平正芳
 …
 
 いやあ、これはひどいドラマになりそうだ。肝心の主役が決まらず、致命的である。小生、役者さんの名前や仕事について殆ど無知であり、できれば水戸黄門や大岡越前あたりの地味にあくどい悪代官や材木問屋の役者の名前が分かればよいのだが。○が小生一押し、◎は小生にとって決定事項である。困った時はたけし軍団とナチスの幹部と大正、昭和の政治家頼みというひどい有様である。
 中でも、千利休役に、至宝の漫画家、水木しげる氏を推す。隻腕の利休、という、ドラマならではの全く新しい展開が生まれよう。茶聖にして茶鬼、千利休を演じられるのは、最早、並みの人間では駄目だ、日の本が誇る妖怪級の人間、ということで、もう、御大水木しげる先生のご出陣を願うしかあるまい。侘びを啓蒙しつつその茶風は水の如く澄ましきった厳しい対称性を信条とする利休自身が隻腕であることで、非対称性の美を見出す織部流の萌芽ともなるという、苦悩と爆発のストーリーだ。そういえばジョン・ケージも、「手は一本あればよい。二本もいらない」と言っていた…。
 ただ、いざドラマ化すると、毎週、やきもきするのだろうな、と勝手に心配している。他番組でもどうでもよくないが、この「へうげもの」で、稽古用とか称する、京焼とかの下らぬぺらぺら茶碗など出そうものなら怒り心頭必定であるから、日の本中の美術館から国宝と重文を全部ガラスケースから出して撮影に使うくらいの気概はドラマ上必須である。道具の良し悪しの分からぬプロデューサーが担当になるくらいならドラマ化は即刻中止すべきである。NHKはこれまで、ドラマにしろ知識番組にしろ、出てくる茶道具は最悪最低のものばかりという悪しき実績があり、何度も失望させられたので、恐らく物の分かったプロデューサーなど一人もいないのだろう、と思うと、NHK大河ドラマという枠では多いに不安である…。頼むからいい加減勉強してくれ。松下政経塾でも茶の湯くらいは必須科目として勉強しているぞ。
 やらなければならないこと、やりたいことをメモ替わりに列挙。

 執筆
 読書
 手作りTシャツ
 こってりした寿司の油絵をシリーズで描く。ごりごり浮彫した金の額縁に飾る。
 書道具収集 書体の研究、練習、表装
 とびきりモダーン陶器の収集
 美濃攻め
 越前攻め
 四日市万古攻め
 相馬駒攻め
 茶釜、手あぶりのお助け
 北野天満宮の天神市へ出陣
 マクドナルド実録
 ファミリーレストラン実録
 ウィルガード茶会
 帝釈峡紀行アップデート
 高野山茶会アップデート
 小顔のアラフォーが気になる(はしのえみ、渡辺まりな、永作博美)
 子供と自然NHK番組批判
 エステティックの結末
 琴を買って、エフェクター&アンプを何とかして繋げ、カフカの「変身」のグレゴール・ザムザ=虫のように激しく弾く。
 琴、尺八、笙、床柱、欄間に虫や花や木や貝や竹を彫刻、拭漆。
 竹やぶの、生きている竹全てに虫や花や木や竹や貝を彫刻する。生長する端から、下へ下へ彫刻を施す。  …

 さて、INUの「メシ喰うな」である。1980、日の本、大阪。ロック初期からパンクという概念はあったし、それとは関係なくプログレッシブ化への反動保守としてパンクを捉えるのもあまりに狭量不正確ではある。民族血液をじかに沸かせるようなアフロリズムやブルーノートへの顕著な決別と(見掛け倒しだが)、頭ごなしに頭でっかちな頭で考えたようなけたたましい白人リズムに、新時代の荒みを聴取すべきなのも分かる。ロックの美とは荒み(すさみ)である、とここで宣言しよう。また他方で、パンクといってもロンドンの丸出し荒みとニューヨークの斜に構えた荒みとでは違うという論議も、現地の実情とは離れた、東欧や南米や韓国や日本のようなロック辺境での生真面目概念化でもある。ほとんどメタルのような音楽もパンクと云ったりするルーズさが欧米にはあるのだろうが、だからといって欧米を本家本元としてへつらう理由も無く、中央なき辺境での自立した先鋭的解釈もまた一理あるとしたい。
 総じてビートロック的単線の構えで踏ん張りつつ、飽くまでも喉に刺さる小骨の如く効果的な攻撃性を繰り出すやり方は、ロック史において特筆すべき事ではあった。別の側面から聴けば、パンクのようにポップス内での殺伐の造作に留まらずプログレへの視線も憚らぬいかがわしい無節操がモダンポップの真骨頂であるといえよう。ただし、セックスピストルズ後期に聴かれるように、結局、幾らでも例外が垂れ流され、よって、例外しか勃発せぬ王道なきロック史ということにはなる。だから、決してパンクを否定しているのではないし、むしろ愛聴するものだが、過去の、そして未来のロックを聴くためには、拘泥すべきではない。これとて、断腸の思いで云っていることである。
 そして、こうした概念操作にうんざりした果てに、ハードロックという、巷間でもほぼロックと同義語ゆえに、何も言っていないようなものが靄かかって聴こえはしないか。こうした、あまりに大きく曖昧模糊とした決定不能性の考えを通して聴くことこそが、ロック史の、ひいては王道なきロック史の主題となるであろう。無論、こうした聴き方がいつでも全体主義的統制の危機にあることを、パンクの小粒がぴりりと教えてくれることも、肝に銘じたい。晴れることの無い散乱のままに、聴きたい。
 本作は、パンクといっても、実にモダンな奏法、楽曲を備えている稀有な作品である。そして真新しく尖っている。不逞の負け犬が負けながら確実に牙城を崩す殺伐をきちりと備え、ギターソロしようものなら怒号と物が飛んできたプログレ受難の時代にあって、恐らく技術的に高度な高速指さばきを、インプロヴィゼーションの楽観権威を拒否しつつ楽曲に収納している。イカシタ歌詞も日本語だから理解できるし、それが曲になるとロック次元が一層華やぎ、よい。その後の町田氏の文業については割愛。毎日2時間以上は英語の歌詞を聞いていた頃も5年以上あったが、英語を全く習得出来ぬ潔い無能ぶりの自分である。こんなものを聴くと60年代のガレージなどが、確かに、当時(80年代)、旧態の頑迷固陋に聴こえたのだろう。しかし、廻り巡って、ハードロックとしてのガレージはどっこい先駆けて蘇ることが、今後、語られるだろう。パンクと共に。

 町田町蔵:ボーカル
 北田昌宏:ギター、パーカッション
 西川成子:ベース
 東浦真一:ドラム、パーカッション

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また追記

2010年4月3日の記事、瑣末な事と重要な事を取り急ぎ追記。下線部です。坂本龍一のスコラ、音痴の自分にとって大変勉強になりました。
言うまでも無い事だがタモリ倶楽部、地獄談議を酒の肴に焼肉という、相変わらず粋な企画であり、日本の至宝である。

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「inu/メシ喰うな!(1980)tkca-71438」 2010年4月3日 ガチ桜

 
 小生が生活のための銭もらっているところの歓送迎会が催され、人間らしい言葉は一切放たず、嘲罵の対象でこそあれその攻撃性が決して汲み取られる事のない無言を黙秘のように貫き、不味い酒であった。同じ日本語であっても、周囲の人々が何を喋っているのか全く理解出来ない状況では、自ずと考えが尖ろうというもの。今宵はまた清め酒である。自分が闘わなければならない真の敵は、自分に匹敵するものとして堂々と渡り合いたいと思わせる敵ではなく、自分や自分がなすべきことにとって本当にどうでもよくそれを敵にすることすら自分にとって恥だと思わせるような下劣な下衆であることを思い知った。北斗の拳でも、敵と書いて友、と読ませているではないか。ケンシロウの真の敵は、ラオウやサウザーなどのそれなりに立派な漢たち(敵=友)ではなく、ジャギやアミバ、あるいは弱きものをいたぶるしか能が無い、黒王号に踏み潰されてしかるべきマッスルモヒカン雑魚どもであった。ニーチェも似たようなことを言っておろう。だから、忍耐強く向き合って倒したとて徒労感しか残らぬような、つまらぬもの相手に、忍耐強く向き合って倒さなければならない、報われぬ戦いを強いられているのだろう。青春リアルとか会社の星とかを、見なければならないということなのだろう。エグザイルとかファンキー・モンキー・ベイビーとか湘南の風とか聴かなければならないのだろう。心から嫌だ!
 一寸先は闇という生活路であるから、思いついたら吉日、12月4日に書こうと思っていたことを、今日、書く。12月4日はフランク・ザッパの命日、南瓜忌である。松尾芭蕉の時雨忌、芥川龍之介の河童忌、太宰治の桜桃忌、ということで、ザッパのレーベルのパンプキン・レコードにちなんで、小生が勝手に命名しました。
 街角の影や田舎の日向にひっそりと、あるいはあからさまに存在する、放置された珍物件への視線あるいは路上観察というのは、少なくとも日の本においては1970年代、赤瀬川原平氏の「超芸術トマソン」に端を発したがこれはダダや物派といった美術的範疇での視線であった。この視線は現在でも大竹伸郎などが引き継いでいるが、続いて1996年、美術というよりもジャーナリスティックな仕事として、都築響一氏が「珍日本紀行」を発表。そして最近では「なにこれ珍百景」というテレヴィバラエティとして親しまれている、という系譜でよかろうと思う。
 ヴィリニュスのザッパ像、について語りたい。蝋人形などを除けば、これは、世界で唯一のザッパの銅像である。それが、何故かリトアニアにあるというのだ。ヴィリニュスとは、リトアニアの首都である。「珍日本紀行」の続きとして、目下続行中である「珍世界紀行」ヨーロッパ編でこのことを知った。以下の文章は、都築氏と小生の声が入り混じり、あえて引用を明確にする必要はないと思っている、都築氏が、畸形児や収容所やカタコンベやアウトサイダーアートなどのディープヨーロッパを取り上げる中で、このザッパ像を記録した心と小生の心は同行するものだからだ。
 1989年ベルリンの壁崩壊に始まり、ソ連支配下にあったエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国が1990年独立宣言、1991年ソ連邦崩壊であるが、このヨーロッパ編ではリトアニア大量虐殺犠牲者博物館の事も報道されている。700年以上もの民族の歴史を継承するこの小国リトアニアは、ナチスによる占領解放後、強大な軍事力を背景にソ連の支配下に置かれ、1944年ソヴィエトKGB本部が首都ヴィリニュスに設置されたが、このKGB本部が先述の博物館の前身である。誇り高い、ソ連へのレジスタンス運動者たちは、「人民の敵」としてひっきりなしに拉致され、むごたらしく拷問、処刑された、このKGBで。その拷問の苛烈、非人道的ぶり否人道的ぶりは、この本を読んでいただけたらとよく分かると思う。あまりのむごたらしさに言葉を失うだろう。軍事力、などという政治用語は使うまい、端的に、人を殺す能力に長けた大国が、人を殺す能力に劣る小国を、その殺人能力によって肉体も心もを徹底的に苦しめいたぶり弾圧し、傀儡にしようとする様は、動物の捕食行動とは異質であり、あまりに人間的であるという意味で人道的ですらある。非人道的ではない。ナチスのユダヤ人虐殺も白人の黒人奴隷化もアメリカ人のインディオ虐殺や原爆投下も日本人の中国人虐殺も、人道的な行為であるという事実認識から始めなければならない。
 そして、人を殺す能力を承認された国家が合法的に執行する、「正しい」とされる圧制に対する抵抗、肉親や愛する者が理不尽に殺された者らが絶望的に個人的な憎悪憤怒を刃にして各地で突発される抵抗は、それこそまことに忍耐強く、文字通り命がけで行なわれた、親から子へ、子から孫へと、確実に、リトアニアの人々は、抵抗を止めなかった、如何に圧倒的劣勢であろうとも。統計で分かる範囲で、1944年から54年までの間に、4万人がレジスタンスに身を投じ、内2万人がソ連秘密警察に虐殺されたのだった。これも氷山の一角であろう。
 独立後、西側の退廃音楽などに触れる機会は皆無だったに違いないそんな誇り高い人々の、心を鷲掴みにしたのが、ザッパの音楽だったのだ。無論、ザッパもマザーズも、北欧にはよくツアーしていたが、リトアニアには入国した事はない。開放されたといえど西側文化の流入乏しい頃、アメリカを旅した一人のリトアニア人が、60枚程度あるザッパ&マザーズのアルバムの内、ごく数枚故国に持ち帰り、友達と何度も聴きこんだ。300人ほどまで膨れ上がったファンクラブの会員らは、「リトアニアの自由を試すために」、ザッパ像の建立を思いついたという。なんと言う「正しさ」だろうか。小生、心が熱く打ち震え、不覚にも朝の通勤の車の中でこのことを思い、こらえ難く涙がつうっとこみ上げてしまった…。前述の「正しさ」と比較していただきたい。
 ソ連崩壊後のロシアでは、西側文化流入の象徴として、ビートルズを聴く若者ら、というのが喧伝されたのは記憶に新しい。なんという違いだろうか。結局、そういうことなんだ、と、徹底的に納得したのだった。共産党による官憲政治の窮屈や非情がロシア国民にまで及んでいたとはいえ所詮為政者として自国の資源利権や政治的威風の確保といったくだらないエゴで、周辺小国に人殺し軍事介入を無神経に行い、気に入らない異民族をなぶり殺しにして憚らないしその実体を知ろうともしなかった多くの欺瞞的ロシア人が、そんなことで罪が消えると思っているのか西側文化に飛びついた目先の餌が、やっぱり、ビートルズの音楽であったのだ。対して、真に虐げられ、それでも抵抗を止めず、命がけで独立を奪還したリトアニアの民の、切実な心の糧となって、荒々しく響いたのは、励ましたのは、他でもない、ザッパの音楽だったのだ。
 思えば、直近の例として、9.11アメリカ同時多発テロの後、ニューヨーク市民によって象徴的に歌われたのが、イマジンだった。あの、植民地支配者の中産階級のボンボンが夢見る生温いアナキズム讃歌を。このアメリカ人の欺瞞への批判は坂本龍一がぼんやりとやっている。対して、オサマ・ビン・ラディンや、先頃ロシアで自爆テロをしたチェチェンの黒い未亡人らは、街を爆撃され夫が殺されたからといって、イマジンなど決して歌うまい。きっと、ザッパを聴いているはずだ、と希望的観測する。また、ビートルズ来日、という現象も、結局は、戦後民主主義の欺瞞の象徴でもある。戦時中、生徒らを特攻隊に強制志願させていた在郷軍人会出身の体育教師が、敗戦後、手のひら返して民主主義を吹聴して歩くみじめな欺瞞…。せめて黙るべきであったのだ、戦後、この体育教師は。マザーズも来日しているが、良くも悪くも事件にはならなかった。
 こうした歴史的事実が、この両者の音楽性の全てを語っているというのは過言だろうか。この、ロシアとリトアニアの差異は、ビートルズとザッパ&マザーズとの間の、音楽性の決定的差異から来る。小生が、この王道なきロック史において、専ら両者からの音楽的印象を基礎にして書き綴り、幻聴していた理論が、既に、歴史的事実として証明されたといってもいいだろう。歴史的事実におもねたくはないが、心強く思う。この両者の音楽性の違いは何なのか、は、このブログを遡って読んでいただけたら分かると思う。今後も読んでいただけたら分かると思う。いや、英国の叙勲バンドとザッパの音源を聴き比べればよいだけだ。一つだけ強調するとすれば、本ブログの主題の一つである、「アメリカ音楽の点在する系譜」ということが如実になった事である。国家間交流や地理的距離から見ても英米から遠い辺境にあり、無論メジャーなロック史から殆ど孤立し、情報もなく、しかし渇望するリトアニア人が聴くに足ると感じ入った音楽が、英国のあの叙勲バンドなどではなく、点在性の最たるものとして王道なきロック史で議論してきたザッパであったということだ。殆どゼロから生まれるようにして、中央から遠く離れた未開の荒野で、点在性は勃発し、少数であることにくじけぬよう激励するという、ロックのロックたる証しだ。
 リトアニアのザッパファンクラブの人々はコンサート(といっても、当時リトアニア国内に数枚しかなかっただろうザッパのレコードをひたすら再生する)やフリーマーケットで資金を調達するとともに、市議会にザッパ像建立を提案。市議会では、「リトアニアがロシア文化圏から西欧文化圏へと移行する象徴になる」という、ちょっと違う気がする理由で可決。かつてレーニン像やスターリン像といった社会主義の偉人たちを得意とした地元の彫刻家が完成させ、地元の業者がウオッカ一瓶で設置工事を請け負った。1995年12月16日、ラジオ局がザッパのレコードを大音量で流し、軍楽隊が賑やかにマーチ演奏する中、多くのヴィリニュス市民を集めて除幕式が盛大に行なわれたという。その2年前、1993年12月4日、遠いリトアニアでの事などつゆ知らず、ザッパは前立腺癌で亡くなっていた。

 ハードロックとパンクの関係を今一度丁寧になぞるために、INUの「メシ喰うな!」について論ずるつもりでいたが、重要な事を書ききったので、今日はこの辺で。また来週に順延します。

 町田町蔵:ボーカル
 北田昌宏:ギター、パーカッション
 西川成子:ベース
 東浦真一:ドラム、パーカッション

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3月27日記事追記

3月27日の記事を緊急加筆しました。下線部分です。

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「mc5/kick out the jams(1968)amcy-2563」 2010年3月27日 桜と吹雪

 
 送別会で二日酔い。またほとんど何も喋らず、ひたすら飲むだけの無為の時間を不愉快に過ごす。今宵はまた清め酒するしかない鬱屈である。来週も歓送迎会がある、いまだ肌寒い季節である。桜が八部咲きの中、ボタン雪がどぼどぼ落ちて来る山間部…。
 ショーペンハウアーの意志と表象としての世界がびしびしと、他人事とは思えぬ程心に滲みてくる昨今であるが、そんなこんなで、盲目的に暴発する無目的な意志の現れのようにして、やってくれた。佐渡島のテンである。桃山の茶会記など読むと、懐石に、鶴汁やトキ汁なんぞが旨そうに記載されているが、現在、国家予算で護持された堅固かつ高大な佐渡トキ保護センターの金網の中で、放鳥を待つトキが数十羽、人間によって手厚く保護されていた。そんな隙間を、夜、何も考えず、テンがするっと忍び入り、一匹のトキを見るも無残に自然にズタズタに食いまくり、それで腹一杯になったはずだが満足が終りを意味せぬ、たちの悪い野性のテンは、更に次々と、木に泊まる白いぼんぼりのように暢気に満足げに眠るトキの喉笛を噛み千切った連続殺傷をぬけぬけと仕出かしていて、いまだ健在の御様子なのである。
 昔は、壮健そうなヤツを狙わず、群れから孤立した子供のヌーや怪我をしてびっこひいているヌーなんかを狡猾に狙い撃ちして囲い込み、喉笛や腹を噛み破って湯毛立つ臓物を引きずり出して食い漁るブチハイエナ、などといった爽快で恐ろしい自然の掟番組もあったが(捕食だけはされたくない…)、今となっては毎週のように人畜無害な、文字通り飼い馴らされた甘いペット番組が垂れ流され、即ち、動物の動物性が無視されている。動物はそんな人間界の保身などには無頓着ゆえに、時折、動物らしい突飛な獰猛を剥き出しにするのである。公に保護されたものを、公の隙間を目ざとく利用して公に侵入し、無茶苦茶にするという、人間ですらできぬことを佐渡のテンがやらかしてくれた。まことに小気味いい。佐渡のテンは、今やチェ・ゲバラに次ぐテロリストの権化である。
 ギースギースと鳥が耳障りに鳴いている。ひよどりかな…。
 我が渾身の書状が無視された顛末を記録した幻滅茶会記、更新しました。
 ここをクリック→茶会記

 さて、モーターシティファイブことMC5の代表作ライブ版である。1968年、アメリカ、デトロイト。個々のバンド乃至個人をあまりに印象スケッチ風に語られる論説の脆弱ゆえに容易に低きに流れがちなロック史(ビートルズ史観)が跋扈するゆえ、戦略的に概念的な説明を繰り出してきたが、もうそんな戦略性もどうでもよいと思っている。ガレージ的先走り前のめりやサイケデリアにおける白人欺瞞土着による眠れる凶暴がブルースのリフ頼みに骨太さが骨粗しょう症と紙一重となろうハードロックが、その希少性、点在性のもとに、各個で暴発したならば、幾らでもリズムから遅れを取るどてっ腹のドラムが滅多矢鱈に、あるいは無言朴訥に連打されようし、己に失明を強いるかのような暗闇の緞帳で空間を敷き詰めるどんよりと牙を剥くベースは酩酊、ギターは耳障りだけをモットーに肋骨かきむしるようなやかまし系の鋭角をさび付かせたまま人に噛み付いてくる獰猛、声は言葉を放棄した吠えや鳴きにまで至り、当てのない地べたを走り回る盲目の四足動物の慟哭を気弱に響かすだろう。そんな、危うくもろいハードロックの成り立ちを現実に夢見て書き綴られるだろう王道なきロック史ハードロック編であるが、それがほぼ現実という形式で成立しているのが、あっさりと、MC5であった。自分の思いが、実際に在ったら、ああ、こうなるのだろう、と枯葉が散るように呆気なく得心させたMC5である。
 だらしなくも荒々と繰り出されるでべでべのリフ、うるさいだけのシャウトは病気がちな日本狼の喉を嗄らして吠えるから、聴くだけでも喉はからからになるし、ブルースの骨格を残しながら、人間骨だけにあらずとばかりにつき上げる鈍重なボトムラインは体中の紡錘筋という紡錘筋に発電所直通の電極を繋ぐ無謀な放電である。曲にのらず、寧ろもたつく声ども。
 パンクの嚆矢とされ、確かにパンクという言葉は、云わずもがなだが60年代末から既に人口に膾炙しているのでセックスピストルズ云々はどうでもよい議論ではある。だから、パンクをプログレの反動と捉えたりガレージからハードへ、という発展史観は野晒しにしたまま、この王道なきロック史における諸概念は、多発勃発する諸状況の諸側面を表すというのでもなく、無基底であり、無基底であることを負う責任感の強い野次、と考えるべきである。ここでいう責任というのも、無反省に、ただ何となく薄らぼんやりと思う、白痴の祈りに近いだろう。
 言葉は何でもよいはずだが、ここでは、MC5を、既成概念としては狭量が否めないパンクとして聴くよりも、ハードロックの、始まりにして終わりの、点(テン)の祖形として捉え直すことで、ロックという音楽の茫洋たる責任無責任が丸ごと聴こえてこないか。1968という、産業サイケと区別無くサイケデリアのフラワーピースフルが安穏していた時代にあって、デトロイトでは、政治運動云々はともあれ、MC5だけでなく、荒廃しきった怒りのロックが殺伐とした道を、牙で静かに舗装していたのは、絶対に聞き逃してはならない。
 MC5を聞き直したら、いきなり話は飛ぶかもしれないが原爆オナニーズの、余白や余裕を土足で蹂躙して憚らない激しい芸能が、切実な祈りのように聴こえてきた…。
 さらに飛ぶが、忘れないうちに、小顔のアラフォーが気になる、という懸案のテーマで、永作博美、はしのえみ、渡辺まりなの三人について考察する必要に迫られている。

  ロブ・タイナー:vo
 ウェイン・クレーまー:g
 フレッド・ソニック・スミス:g
 マイケル・デイヴィス:b
 デニス・トンプソン:ds

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補足

3月21日の記事中で難詰した、現在モーニング誌で連載中の漫画の題名は、「僕はビートルズ」であった。取り急ぎ補足します。

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「the pretty things/s.f. sorrow(1968)smmcd565」 2010年3月21日 春雷

 
 「ひまわりっ ~健一レジェンド~」の最終巻を買いに行く。モーニング誌を毎週立ち読みあるいは購買しているので内容は熟知しているが、一応コミックスもこれで全巻揃った。宮崎県出身の人に聴くと、やはりうどんにコシはあってはならないとのことだった。チキン南蛮についてのこだわりは聞くの忘れた。始まった新連載「主に泣いています」は、笑いのツボや読者層をいささか狙いすぎの感があるが、まだ初めなので様子見の段階である。
 床屋に行く。小生がお世話になってきた床屋列伝もまとめれば面白いかもしれないが、差しあたって同じ値段でできるだけ多く切ってもらいたい小生は80年代テクノカットを意識しつつももみ上げをスパッと落としてもらいたい美意識を密かに有しているが、最近行っている床屋は、「もみ上げは自然にしときましょうか」と聞いてくる。答えるのが億劫な小生は肯くのみのため、何だかナチュラルにもみ上げを残され、内心、恥ずかしく思っている。否!と云える勇気と元気を、読書以外何もしたくない休日の小生に要求する今風のこの床屋を気弱に逆恨みする始末。
 旅から戻る。真言宗総本山高野山金剛峰寺とその周辺で茶の湯三昧。野点という転戦に継ぐ転戦を繰り広げ、多いに楽しむ。その様子は後日「茶会記」にて発表する所存なので乞うご期待。ちょうど亡き祖父の三回忌とも重なり、故郷熊本で執り行われた三回忌の別働隊として、ごんぶとの線香で忍ぶ。その夜は団塊ジュニアの自発的な媚びについて、宿坊の湯船で友人と二人、多いに気炎を吐く。出会い、別れ、その悲しみに襲われまいとする無神経が続き、反動の虚脱、吹き上がる悲しみ、続く日常へ…。
 とりあえず義務なので記載しておくが内心やる気はほとんどないので淡々と通報させていただく。団塊ジュニアによる団塊への媚び現象がまた発生した。場所は青年向け漫画雑誌モーニング。モーニングの新人賞は従来の漫画原稿の形式に捕われない、他誌と画期した幅広い企画であるが、そこでの受賞者の原作ストーリーを、かわぐちかいじ氏が絵にするという漫画企画が先週か先々週か先々週、巻頭に掲載されていた。かわぐち氏はへうげものや島耕作とならぶ、いわずとしれたモーニングの看板作家。沈黙の艦隊やジパングで高名であるが小生は竹中労監修の黒旗水滸伝~大正地獄編~の絵師としての功績が記憶に残る。あの、大正アナキズムの最暗黒運動を描ききった傑作の絵師が、なぜかような原作の絵など描くのか、結局はその程度の認識の持ち主であったのか、と幻滅もしつつ、怒りの矛先は受賞した原作者に向かわざるをえない。
 物語の内容は、ビートルズのコピーバンドであった。同時代にビートルズを経験した団塊らよりも若い団塊ジュニアであるらしい、the Fab4というコピーバンドらは、スタジオやパブに巣食う団塊の人から、「君らみたいな若い人たちがビートルズのコピーを真面目にやってるなんて珍しいね。僕たちは同時代に体験したけど、とにかくあの頃、ビートルズは本当に革新的だったんだ」と云われ、団塊ジュニアらは、「いや、僕たちにもビートルズのよさは分かるよ」などと澄まして答える。そして別の楽屋っぽいところで、この団塊ジュニアのコピーバンドのメンバーらはロック論を多いに熱っぽく論じた挙句、「なんだかんだで結局ビートルズに還っていくんだよな」「いろんなロックがあるけど結局ビートルズが最高なんだよ」などといったことを真面目に云い、互いにぬるく承認し合うという場面があった。(「」内の台詞は作品そのままではないが、内容は概ね合っているはず。)
 特に目くじら立てるほどでもない、ごく一般的なロック史認識であるかもしれぬ。しれぬが、なぜそれを盲信し許容する、この受賞者は。漫画なりなんなりで世に問う作品を作ろうという者が、なぜ、世の大勢に率先して従順するがごとき意識的な媚びを露呈してやまぬのか。この、意識的な媚び、というのが重要である。世の大勢はエグザイルや湘南之風(最新シングル「ガチ桜」、なんだかもう、ガチで音楽業界の恒例桜フェアに報国挺身する直情的愚昧にはあきれを通り越してある種の尊敬にまで値するので笑いが止まりません)なんかを買って聴く①趣味的奴隷段階であるが、この、多少なりとも意識的な受賞者は意識的ゆえに①を否定しつつも中途半端な意識ゆえに、②趣味的普遍段階、に留まり、①を否定しえた自分への安心が慢心に繫がった結果、より高次のレベルで制度を強固にする役割を担うはめになった。そうした陥穽への意識はないから、あのような漫画をかわぐち氏に書かせる恥を厚顔にもさらしたのだった。この受賞者の団塊ジュニアよ、小生のブログを読めば自分の情けなさが分かるだろう。
 本当は、こんなこともどうでもよいと思っている。ジョン・ケージ著作集の、まことにラディカルな言葉を読むにつけ、卑近の現状に逐一反応して声高に批判するよりも、理論と実践が同義である真にラディカルな芸能を生み出し世に問うことのほうが、こうした現状に対するラディカルな批判となりうるのだ。偶然性の音楽体験を率直に述べるケージの講演に対する学生の質問「あなたの音楽は誰でもできるじゃないですか」に対するケージの答えは、曰く「その通り、誰でもできる。しかし、あなたはやっていない」。やるかやらないか。少なくともケージの音楽は、やったことで、そのやったことが、即ち原理となった。正確な意味で現状への批判となった。音楽のみならず諸芸能も、これに尽きよう…。
 すぐにできないならば、せめて、新しいものに挑戦している人がいたら、せめて身銭を切って、あるいは自分の考えや賛意を伝えて、応援したいものだ。このことも、この度の高野山旅行での会談で学んだのだった。まずは、先々週テレヴィでやっていた、広島市サンモール内で、白いワイシャツやブラウスという枠組みの中で形態や布や意匠に種々工夫を凝らすデザイナーズショップを視察する予定だ。
 プリティ・シングス。英国。1968年。コンセプトアルバムなる思想は既に世に出ていたが、本作は、アルバム全編を通して自作の物語が貫くロックオペラ・サイケデリアの嚆矢とされる。おそらく、そういう情報の元に、とりあえずお助けしたのだろうと思う。なんにせよ今、読み直し、見直し、聴き直しが迫られている小生。かつて、つまらぬ通俗的理由でとりあえず読み聴きしたものを、最近、改めて味わうと、かつてとは違った読み方聴き方見方が出現するようになり、今まで何を漫然としてきたのかとじっとり焦らされる日々である。平たく言えば、いい具合に忘れている、といえよう。そんなわけで、さほど印象に残っていなかった本作を久方ぶりに再聴するに、「あれ、そんなに悪くない…結構いいな、よくできてる…、いや、すごくいいわ、これ」と思った。他愛無いものである。
 ファッショナブルなラーガもあるが多数すぎる創意工夫のてんこ盛り、時折ぐわぐわ暴発するハードネスの萌芽、不意に流れ出るモダンでクールな煽り展開。彼らの、思いついたことを惜しみなく繰り出すというサービス精神旺盛な開けっ広げ精神は、わざとぼかして含みを持たせるのを深いと思っている川端康成のような一部の日本文学と異なる風土で、言いたい事を攻撃的なまでにしつこく全部書き尽くした上で勝負に出るドストエフスキーほどではないにしても、重要である。歌詞と曲の、そこはかとなく人生に対し後ろ向きな寂しい低調感を、さらに病的にまで強調したのがザ・フーの「トミー」なのであろう。トミーの前身であり、トミーの本歌といえる、今更自分が言うまでもないことだ…。
 なぜこれほどの音楽性を今まで聞き逃していたのか。最後まで聴くという最低限の義務をこれに限って怠ったためか。いや、違うだろう。
 表向き、一介の趣味人として英国サイケも許容する態度を示しながら、薄暗い腹の底に鎮座する「本音」が、人面そうのような醜い顔で次のように口汚く罵るのは否めない。「どうせ英国サイケなんてみんな産業サイケだろ!SEやらインド風味を小器用に組み合わせる物珍しいだけのスノッブ音楽だろ!そんなのが、俺のささくれ立った心の友として同伴してくれようか。獰猛さに欠けるんだよ!ブリティッシュ・ロックにありがちなヴォーカルのメロディだのハーモニーだのが煩わしい!男がハモるな!一人にしないと手がつけられぬ男が捨て鉢に叫びまくるだけか(ストーンズ、ツェッペリン)、顔も声も絶望的に異なる男どもが一斉に好き勝手歌いまくる(マザーズ)のがいいんだよ!トラフィック?全然駄目だ!演奏も録音もうますぎるんだ!もっともっとダダ崩れの変態演奏略して変奏を聴きたいんだ!クリーム?下らん!持ち上げられてるだけなんじゃないの?見苦しい!英国サイケなんかは全否定だ!ストーンズのサタニック・マジェスターズだけは例外だがな!」と。
 無論この「本音」は、小生の理性の検証を経ずして吐き出されたものであり小生の全人格が責任を負うべきものではない。ただ、いずれにせよ、腹の底に住まう、かような愚かしい偏見、過剰な自意識が小生の耳を曇らせ、プリティシングスのした事の機微をこれまで受け取れずじまいだったに違いない。小生が一方的に欲する荒み(すさみ)を本作から得ることはできなかったが、そういった私情は抜きにしても、トミーほどの分かり易さには至っていないのかあえて避けているのか分からぬ極めて分かりづらい繊細な音楽性だけは小生の耳をして汲み取るべきであった、もっと早く、と反省する。反省といっても、ただ無能にぼんやりとそのことを思うだけなのだが…。
 結局、本作がサイケの本然に適うかどうかは、どうでもよいことだ。サイケデリアに裁判官は要らない。サイケデリアは境界のない、緩い雲であればよい。しかしプリティ・シングスはフーと同じく、あるいは異なった方法でサイケデリアからハードロック路線へと貫きえた現存する数少ないバンドとして重要であろう。特に、壊れやすく(イエス)、危機(イエス)的であるというハードロックの、その名に反してか弱い実存を王道なきロック史として再検証するとすれば、テルミンの演奏のようにとらえどころなく綾取る必要があるのだから、フーと同じくプリティ・シングスも留意する必要はあろう。これからは、馬鹿馬鹿しい結論だがやはり虚心坦懐に一つ一つの音源を丁寧に聴かねばならぬ。それができれば苦労しない。

phil may: vocals
wally allen: bass guitar, guitar, vocals, wind instruments & piano
dick taylor: lead guitar & vocals
john povey: organ, sitar, percussion & vocals
twink: drums & vocals

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「pink floyd/the piper at the gates of dawn(1967)tocp-70300-01」 2010年3月7日 啓蟄

 

 いやはや、骨董市などというところは二日続けて行くものではない。薄汚い世界であり、値段などあってないようなものだとは充分認識していたはずなのに、悲しい事である。気持ちに迷いがあってお助けできなかった未練の品があり、次の日、もう一度行くと、行く先々で店員に覚えられており、声を掛けられる始末。中高年がほとんどの客層の中で、明らかに年齢層が異なる小生が、隠そうとしても滲み出てしまう気を品に集中させるものだから、印象が強いのだろう。「兄ちゃん、昨日も来たやろ」みたいな。いいカモにされているのか、情けないし、恥ずかしい。二日目に行くときは変装すべし、と学んだが、分かってはいてもションボリさせられるのは、昨日お助けした古伊万里(?)の蕎麦猪口7000円が、今日には2500円になっていること。あまり考えまい。
 ただ、未練があった煎茶の煤竹茶合、二日目に再確認すると、彫物がある竹は上質だが彫物があまりに最悪であり、一方、彫物が無い竹は味わいもなく、結局見送り。フライパン級の大きさのごろごり彫りまくった硯は誰かに買われていてもう無かった。品との出会いは一期一会である厳しさである。替わりに、高麗系の平茶碗と、焼きは明らかに新物だが染付けの紋章は精緻ながら退廃的にくたびれているのが印象的な水差しをお助けしておいた。高麗平茶碗も呉須南蛮紋水差しも夏の茶会に相応しいかろう。上田宗箇流からは、茶会申し込みに関する吾が渾身の書状に対する返答がまだ来ない。

 ピンク・フロイド。英国。1967年。「夜明けの口笛吹き」という素敵な邦題を与えられた本作は、言わずもがなだが後にプログレッシブ・ロックという潮流の片翼を担うバンドのファーストである。悪趣味の系譜を語らんがため今のところ着目しているモダン・ポップ勢を再考するにあたり、必然的に、モダン・ポップ(モダン・ポップの継承体として存在するごく最近のそういった傾向のバンドをモダン・ロックと呼称しているのも散見される)が近代と見なし超克を図ったプログレッシブ・ロックについて再考を迫られるだろう。言い訳めくとしても致し方ない茨の道が言語の無様でもあるからどうにもならぬが、ともあれ、音楽は解釈するのではなく聴けばよいのだと自責しつつも、何らかの見解が必要になった次第である。たとえ、プロ愚烈史悔ロックに関する小生の見解が、巷間に流布する閾を出ぬにしても、人の切り開いた道を舗装するぐらいの公共の福祉が求められているのか…と思えば、もう投げ出したくもなる始末ながら…。
 ルイ・アラゴンかネルヴァルを今、強烈に読みたい、幻想というのを今一度再確認したい欲求にかられ、所持しているはずなので何処かにあるはずだが、本棚というよりも単なる本置き場と化した場所で目的の本を探すのは著しく面倒な事態になっており、また新たに買いに行くも、無く、結局、似て非なるものと承知の上で、眼前にあるブルトンのナジャを再読する。今まで自分が殆どナジャを読みきれていなかった後悔が沸いた。何を言っているのかよく分からぬ部分もあるし、たいした事を言っていないかもしれぬが、ブルトンが、闇雲に、蝸牛のごとく地道に自分の見切りのみを頼りに書き綴っている愚直が読める…。小生も励まされる思いゆえに、やはり、プログレッシブの運動を自分として生き直す必要があろう。特にいままで意識して避けていたわけではないが、事ここに至って、モダン・ポップを語ることは、繰り返すが必然的に、プログレッシブをも背負うということである。
 しかしながら、ピンク・フロイドをプログレと捉えることは、ザッパはプログレか、という問いと同格ではないにしても、一抹の異議があるかもしれぬ。何がプログレで何がそうでないか、などという峻別の滑稽は承知しながら、プログレッシブは、サイケデリアの解毒剤として欧州ロマン主義の血清を注入された、歴史的に承認された民族主義的なロック運動と捉えるならば、真っ先にプログレから排除されるほどではないにしてもピンク・フロイドはプログレとは異質な精神である。どちらかというとピンク・フロイドと同質の異議申し立て者としてジャーマン・ロック勢という仲間が大陸には居たと思われる。
 この、ピンク・フロイドをロマン主義的昂揚から断絶させる要素とは何かというと、やはり、拭いようもなく頑固なサイケデリア・ガレージ性であった。無論、ピンク・フロイドもジャーマン・ロックも合わせてプログレなんだと範疇拡大するのは自由であるが、それはプログレという国家の総動員発揚に過ぎず音楽の本然とは関係ないばかりか音楽の機微に耳を澄ますという、素朴ながら尊い行為を否定するものだ。(なお、ザッパはプログレか、という問いが荒立てるであろう数々の事々については、重要なのでいずれ詳論したい)
 ピンク・フロイドの後々の作品が欧州ロマン主義と隔絶するというあら探しについてはその後々の作品と再会した時に改めて論じたい。自分も全てのピンク・フロイド作品を聴いた訳ではないので、ひょっとしたら論が覆される可能性あり、と留保しておく。 ただ、この「夜明けの口笛吹き」だけは、確実に、むせるようなガレージの源薫を放出して憚らない。低調ながら生硬な憎悪を内気にたぎらせて連打されるドラムとベースのリズム隊の強迫性はガレージの不様である。幼少時に受けた親父からの仕打ちを何十年も根に持ち続け、親父が老いさらばえてから復讐の途に出るタイプの小汚いわだかまりがありありしている。あくまでも個人の立場で、捨て鉢な暴力を無益に振るう暗い街角の怒りがある。時に仲間を裏切りもするだろうが、小粒で浅慮で希望の無いほこりまみれの息を大きく吸っては吐いて吸っては吐いてどっこい生きているが呆気ない野垂れ死にも辞さぬ。人の居ないところで無茶苦茶高速で暴れて手がつけられないシャウト、夜の気をじかに爪弾くがごとく懐が深いが短気な野太ギター。饐えた、暢気な田園歌唱が、チャカポコと、往年の日本昔話のような有毒な楽観オルガンのピーピー音と同伴して、何をしでかすか分らぬ憩いも間抜けに歌うのでサイケの典型もある。易経を歌ったりもする自由がある。
 GSのアウト・キャストのアルバム欲しいと思って贔屓の中古レコード屋に行こうとしたら久しぶりなので道に迷って辿り着けず、仕方ないのでタワーレコードに行ったらアウト・キャスト無くて、何となくお助けしたのがこの口笛吹き、おとついのことであった。小生の愛聴盤となろう。関係ないが、小生は、体を一回転させると方角が感覚的に全くわからぬほどの、方向音痴である。自分の感覚を全然信用していないので、車で、勘でどこかに行く、という、男らしいとされている手柄が不可能な人である。
 これまでの論としてはアメリカ発祥のサイケデリアに直結するガレージ性ということであったが、英国のガレージ性サイケ性というのを総じて否定しているのではない。本当は発祥などどうでもよいのだということは、かつて提唱したサイケデリア概念を再読していただければ分かると思う。重要なのはサイケ・ガレージ性とは、起源を内包する様式の継承(ビートルズ史観)ではなく、同時多発内乱(ザッパ/ローリング・ストーンズ史観)と考えることであり、即ち点在する系譜と考えることが、60年代末からのロック史の百花繚乱の実情にあっている。この同時多発性をいま少し掘り下げるためにも、悪趣味の系譜という筋交いが必要であり、また、ピンク・フロイドに聞かれるような、プログレにおけるガレージ性という異質性も悪趣味の先鋭であるとすれば、モダン・ポップの解釈に一役買うに違いない。
 
syd barrett:lead guitar & vocals
nick mason:drums
richard wright:organ, piano & vocals
roger waters:bass guitar & vocals
 
ところで、来週はゆえあって脱藩するのでお休みします。

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続「10cc/the original soundtrack(1975)phcr-4417」 2010年2月28日 2.26忌

 
 来るべき高野山野点珍道中に備えて、余計な物欲を鎮めるべく、広島中小企業会館で催された日本海骨董市・大蔵ざらえに行く。主目的は硯。分相応な、雲居に龍を掘り込んだ大ぶりの硯をお助け。フライパンほどの大きさで彫りに彫りまくった派手な硯もあり、値も手が出せぬほどでもなかったが気が引けてそれは見送り。その他諸々もお助けした。ループタイに出来そうな竹の茶合も求めており、ありはしたが、彫りがあまりにひどく、手を出さなかった。囲炉裏の上でよう燻された良い竹で、彫りの無い茶合もあったが、そちらをお助けすればよかったのだと後悔しても遅し。明日、無理して買いに行くべきか、迷っている。あの、派手な、分不相応なフライパン級の硯も結局気になって仕方が無い。日曜日、外出は決してしない小生であるからして…。
 先週、またしても浅間山荘事件の映画をテレヴィ放送していた。去年か一昨年もテレヴィ放送しており、まるで浅間山荘事件は、宮崎アニメなのか、寅さんなのか、果ては釣り馬鹿なのか、と思わず突っ込みたくなりました。この繰り返しに、内容が政治的であるだけに、政治的意図を感ずるのは小生だけか。最早国策機関となりつつある大手メディアにおける浅間山荘事件あるいは全共闘あるいは成田闘争の扱いに関する小生の意見は過去に本ブログで述べたのでお手数かけますがそこを参照されたい。
 さて、懸案の10ccである。1975年、英国。悪趣味の系譜というのを提唱するのに重要な概念の一つに、モダン・ポップというのがある。パンクやニューウェーブ、ニューロマンティックスといった考え方が欧米でかしましく述べ立てられていた時代であるが、モダン・ポップという概念は、当時ロックマガジンという雑誌の編集長をしていた阿木譲の発案であるとされる(なお、テクノ・ポップというのも阿木氏創案とされる)。従ってロック文化圏の欧米には無い範疇であるかもしれず、通用せぬかもしれない概念である。この考え方が日の本発祥であるということは後々重要な意味を持つだろう。
 賢明なる読者諸君には煩わしいおさらいだろうが整理するために我慢いただきたく。時は70年代半ば~80年代初期。サイケデリアも続行されつつも表向きはプログレッシヴ・ロックの華やぎがあり、また、それへの嫌がらせのようにしてパンクの、幼い、スノボー選手国母氏の腰パンの如き無邪気無学な反発をよしとする、狼煙ならぬ、近所迷惑なだけに徹した爆竹が鳴らされたが、このことも認識による矮小化の憂き目に遭っていた時代である。
 (国母氏はなぜ、帰国時も、腰までズボンを下げたダルダルファッションで帰らなかったのだろうか。それは、彼が、腰パンをただの無意味ながらも何となくかっこよい「ファッション」と捉えていたためであろう。腰パンは、一説によると、アメリカの刑務所で自殺や犯罪防止のためベルトを取り上げられた受刑者の実態であり、それを、反体制の証として黒人ラッパーなどが装いだしたものである。形骸化する前のファッションの出自をたとえ知らなくても、己の装いに確固たる自覚を有しておれば、反動的大人に怒鳴られて、すごすごと言う事を聴く不様を晒す破目にはならぬだろうに。しかし、そもそも反体制の人間がオリンピックなどという国威発揚祭りに参加などしない…しかし、如何に国威発揚という下劣な発端ではあっても、出来てしまったものというのは、そういう意図を超越することもあるのが美というものであるのも皆ご存知だろう…。)
 そんな時代にあって百家放斉、ロックの系が多様に派を唱え入り組む混乱とも整理ともつかぬ様相にあって、既成の方法の隙間を縫うようなきわどい音楽性を際立たせるバンドらが現れ始めた。このような音楽性は既成の音楽方法への明確な認識もさることながら隙間産業たる敏感さ敏捷性をたくみに具現化して初めて成立する。従ってプログレッシヴ・ロックへの批評もその音楽構造に含みうるという意味でパンクの国母性とは一線を画すのもモダン・ポップの一特徴ではある。いや、パンクの国母性というのも、一概に否定は出来ないと小生は考えている。既存の流れに対し何事かする方法として、過去に何度も試されたことではある。それは、モダン・ポップとて同じことであろう。有体に言えば、パンクがベケットであるならばモダン・ポップはブランショになるということだ。体制から逸脱するか、内部から破壊するかである。また、パンクの国母性というのも、当初においては戦略的態度であったろうし、パンクに限らず、後続する継承者は、かつて意味のあった様式を矮小化形骸化しがちであろう。その風化の嵐の中で、消えるように運動が現れるだろう。
 それは兎も角、小生としては、モダン・ポップという考えの中に、ニュー・ウェーブもテクノポップも含めて語りたい。そうした方が事の骨組みが分りやすいと思われるからだ。ここで、ニュー・ウェーブとは何か、テクノ・ポップとは何かを語り、それによって、ニュー・ウェーブにもテクノ・ポップにも包括されぬがモダン・ポップに包括される特徴が炙り出しの如く浮き上がり、自然としてモダン・ポップの全体像が完成する論法を足がかりとしたい。そして、ロックにおける、あるいはサイケデリアにおける点在性の異相、あるいは飛び石ならぬ飛び火のような点在的伝播が悪趣味の系譜という概念で口説かれるに違いない。 本来ならば、いつものように実際に音楽を聴き書きしながら音楽の正体を晒したり秘密にしたりするのがよいのだが、10ccにおいては、まだ、前提の説明が必要だろう。仕方が無いので、しばらく演繹的な説明が必要です。またしても、10ccについては来週に延期です。

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黙祷 2010年2月21日 秋山忌

 俳優、藤田まことの死が、こらえきれぬほど悲しい。大学の研究室を選ぶ時に、教授の顔が藤田まことに似ているからという理由で選択したくらい、好きだった。(しかしこのことは、小生の藤田まこと好きを汚すこととなった…当たり前田のクラッカーだが、その教授と藤田まことは、似て非なる者なのだ…)必殺仕事人やはぐれ刑事純情派だけでなく、同時代ではないので後追いの勉強ではあるがビデオで「てなもんや三度笠」もしばしば見ていた。
 しかし中でも池波正太郎の剣客商売の秋山小兵衛役は、脂ぎった柱のような顔立ちながらよう枯れて渋かった。いずれの役でもイヤらしさが鼻につく高橋英樹やマツケンなんかの見た目にも派手なちゃんばら剣劇を避け、一撃必殺で事を済ます美意識というのが水際立っていた。渡辺謙主演の仕掛け人藤枝梅安や藤田まこと主演の必殺仕事人および剣客商売、いずれも池波作品であり、始まりが即ち終わりのような居合いの美に貫かれている。池波氏の文体も、こざっぱりしていて、淡々と薄味ながらダシの組み立てが鮮明な作り。鯛の昆布しめなんぞは2、3切れ食して清酒を喉に注げばそれでよし、とする引き際をわきまえた文体であるからして、一度読んだら再びは読んではならぬ凛然である。あるいは、噛めば噛むほど味が出るがその味はいたって純一なるスルメの如し。飽き易い、という難点もあるが…。
 よって、スパイスやフォンなど味の組み立てが混沌とした重層的な西洋の文体とは真っ向から切り立つように異なった、潔い日本人の文ではあった。そんな原作の一回性を具現化したのが、藤田まことの、古木がとことん磨かれて艶っぽくも見えるが芯から枯れている穏やかながらも厳しさが屹立した静けさであった。特に剣客商売で、秋山小兵衛役の藤田まことが、実にうまそうに湯豆腐やどじょう鍋なんぞをつつく様が、心に滲みました。ご冥福をお祈りいたします。

 またしても青春リアルや東京カワイイTV、めざせ会社の星やカウントダウンTV、無酸素でのエベレスト登山をネットで中継し集金する登山家なぞを、スペイン産赤ワインで頭痛の半鐘をとめどなく鳴らしながら、ササミの燻製を噛み噛み、ドロついた目つきで怒りつつ、見て、無駄に、夜のかけがえの無い時を使い果たした。

 そんなこんなで翌朝まで続いた頭痛をこらえつつ、茶道の上田宗箇流の茶会に出席するべく、申し込みの書状を筆(ペン)でしたためた。なんでも上田宗箇流が新しい茶室を建てたとのこと、それに託けての銭集めという目的は明白であるが、どの程度の道具なのか創意なのか、茶人として一度確かめんがためである。
 最近の小生は墨蹟の類にも色気を出し、唐や宋代の楷書行書や空海や禅僧の墨蹟なんぞをつらつら眺めては様々な書体を愛でている体たらく。即席で培われた吾が渾身の破れかぶれ筆法、如何に受け取られるか、楽しみではある。これは嵌まりそうだ…。その、小生の初の書は、いずれ茶会記で公開します。
 朝っぱらから盲滅法に書に全力を注ぎ、かつ、藤田まことの死が、こらえきれぬほど悲しいので、こたびの王道なきロック史は休載します。来週こそは、10ccについて考察したい…。書くことはたくさんあるのだが、自分の体力気力の無さが、本当に情けなく、恨めしい…。

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