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 ロック史を体系的議論から解き放ちながら、サイケデリアの土着性とハードロックの非継承性を論ずる。主要1000タイトル、20年計画、週1回更新のプログ形式。
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岩国ロックカントリー1/30

寒波の合間の小さな晴れ間…隣家の梅も少しほころんで…去年末に唐突に思い立った魚への思いが再燃…再度アジを一匹購って三枚おろしに挑戦… 前回は新品の片刃包丁に馴染めず四苦八苦したが何故か此度は前回程の違和感に悩まされず…しかし細君の助力付きで30分費やす…前回は45分 かかったが途中の俎板洗いと云った細君助力の効果を差し引いても一歩前進とする…前回は皮を剥がなかったが今回は皮も剥いだ。やはり自分が下 した刺身はアジ如きの下魚であっても鮮度抜群で、しなびたパック入り切り身魚にはもう戻りたくない…先週はライブハウス岩国ロックカントリー にてロック鑑賞…ちゃぷちゃぷ平坦な波、牡蠣筏なぞ眺めながら沿岸の国道を爽快にドライブ…セクハラ歌謡満載のムード歌謡曲を流しながら、で あったが同行の細君が嫌がるので別のをかける…観光の要素にも心配りせねばならんので、何だか各地に点在する、狂気じみた個人の収集家の収集 物をそのまま譲り受けたが如き岩国博物館で気乗りしない甲冑見物でもする予定でいたが元より気乗りしない、大したものもなさそうな事前情報だ ったので直接ホテル入り…道中、優柔不断が祟って食いそびれてすわ険悪の一歩手前でようやく滑り込んだラーメン屋で空腹任せのチャーハン餃子 セット鶏がら濃厚スープで腹を満たした午後三時でもあって…濃厚過ぎて…体感60℃であのトロミだから体温くらいだともっと粘度は上がるだろ う…何が言いたいかと云うとまかり間違って消化分解しそこなってあの濃厚魚介系豚骨鶏がらスープが血管に浸潤でもしたら速攻でコレステロール 血栓脳溢血心筋梗塞免れ難しと云う懸念でもあった…風邪気味の細君を休ませるのもあって早々チェックインしてしばし体を休ませ、以前より気に 掛かっていた岩国駅前商店街の実態調査に乗り出す…アーケードを歩く…両脇にどぎつい、手の込んだ意匠の建築…ライブに備えて早めの夕食をせ しめるための下調べも兼ねて飯屋メインで物色…アーケードを抜けるとスナッキーな看板がビルからびらびらと突き出て…ふっと予感がして横道に 眼をやると濃厚な雰囲気を湛えた古本屋らしき文化教材社…増築に増築を重ねて壁がぶち抜かれた細胞のような小部屋の隅々に古本がびっしり…屋 内の表面積が大きい古本屋…価値ありそうな古漫画は最奥の店主の居所回りを固めて、包装されて発送待ちの書籍が積んであり主にネット販売で儲 けているらしき…「道教①」と云う学問的に厳密そうな浩瀚な書物と、新書のサルトルの「ユダヤ人」の二冊を挨拶がてらお買い上げ…後者は懸架 の全集にも所収されているが全集本の重みが堪えるため深更の読書には軽量の文庫や新書が文字通り手軽である…ホテルへの戻り…夕闇迫り寒さが 堪え始めた頃、風邪気味の細君の体調が悪化…足取りが重くなり、フジグランで細君の晩飯を買ってからホテルまでの道のりが甚だ困難ながらあと 少し…と云った処で呼出しのメール…辛くも細君をホテルに送り届けて寝かしつけ…インドカレー屋で会食…午後三時のチャーハン餃子セットラー メンがまだ腹に残っている時分、殿様の脇息(きょうそく)ぐらいに分厚くでかく脂ぎったナンが絶望的に腹に堪えて気持ち涙目でカレールーに付 け付け食す…ルーだけは平らげるのはカレー屋での礼儀と心得、ナンは半分食い切れず…運転の疲労もどっと来てもうどうでもよい、ダルな気持ち になる…惰性で会場入り…料金を支払いすかさず壁沿いの丸椅子ゲット…絶対に此の椅子を手放したくないと云う強い気持ちを己に再確認する…オ ールスタンディングでの数時間続くライブ鑑賞などキツ過ぎる、体力の衰えと云うよりも元々体力が無い故椅子は必須… 此度の出演バンド数は全5組、まさにちょうどいい…せいぜい7組までは我慢できるが10組を超えると頭がぐらぐらして爆音に疲れて堪え難いし きちんと音を聴くことが出来ない…

ロケットオーケストラ…具体的にどんな音であったのか今となっては殆ど思い出せない…毒にも薬にもならぬ重 湯あるいは葛湯と云った風情でロックと云う音楽をこれから聴く上で其れなりに胃を温めてくれた気がする…

めがほんず(山口)…前回聴いた時同様、黒い 篤い涙がつーと出る思いで…聴衆の皆が俄然、他人事ではない、当事者の顔に変わる…音楽上の危うさに自身を晒したハードロックが始まって…最 期は六角形になって死ぬようなメタルの様式美からは力ずくで免れるハード=困難な音塊を叩き込まれるうちに耳道が横にすぽっと外れて脳がぱか っと宙に浮く至高の瞬間もありながら…此度に限っては悪ノリが過ぎたのか、いわゆる土佐のヨサコイ音頭や北海道のよさこいソーラン、みたいな 、エグザイル部族の源流である悪ノリに堕したリズムの瞬間は聴き捨てならなかった…それは音列としては単調さを旨としたリズムをあえて恥も外 聞も無く晒す潔いガラの悪さをキメた、ドギツく、えげつないリズムであり、そのままだとハードロックと云う刃渡りの如き危うい線を渡り切りう るものだったが、其のガラの悪さと云う傾き(かぶき)がさじ加減を一歩間違えると、前述のよさこいソーランみたいな悪い意味での下劣に堕する のであって…若気の至りとやらでのやんちゃの矯正過程に使役されるダンスとして、体制内で許容範囲内のやんちゃをやらかす地元志向のマイルド ヤンキーが、ひどく統制的で頭は絶対的に悪いおっさんの指導でしおらしく練習を積まされた挙句に地元の、殆ど文化的に無価値無意味な浅薄フェ ステバルへの出場を目的として…其の結果としての踊りは、およそ人間の精神を身体性において鋭く問い得るような創意工夫が一切皆無な振り付け の、無闇に安っぽい動きを一生懸命全員で揃えようとするだけの其の意味を主体的に問う事が予め禁じられている中心が一つの統制的稚戯に等しい 、と云う、よさこいソーランが表出する諸々の下劣に、めがほんずが刹那、堕していたのであった…其れはめがほんずがハードロックと云う危うい 「境地」に身を置いている故に堕しやすい勇気ある不利のためではあったと認めながらも、そうなってしまった原因をあえて問うならば其れはさじ 加減を誤った聴衆への媚びの結果と考えられ…聴衆に自分らの音楽への同調を強要する色目が一線を越えたが故の結果であったかもしれない。単な るミスかもしれない。

そしてめがほんずの此度の結果とは好対照をなしつついわゆる「対称性」から見事に逸れていったのがジゲンオルガンなのであった…つまりめがほ んずと好対照をなすとは云いつつも例えばその逆であるとか延長上にある等とは云えないと云う意味であって…しかし、此れから書く事が、今まで 数回聴いて来た中で今回いきなり達成されたものでもなく、やっている事は此れまでと変わらない質ではあったとしか云いようがないが…其れでも 何故今回に限って此処まで描写するかと云うと…ある時期からジゲンオルガンの音は、此れまでと質を落とさないから何処が変質したのか部分とし て挙げる事は出来ないにしても、演奏の一定程度の上達に比例して先鋭性が薄まって聴こえ…ロックにおいては高貴と同義である其の下手物的音楽性が、表層的親しみを以て聴衆から其れなりに受け入れられる状況(別に悪い事ではない)への弛緩した安住に浴して…ステージをそつなくこなす雰囲気が小生には微かに感じられたのであった…無論其れは小生の主観的やっかみと云われれば反論は出来ないにしても…しかし此度のステージでは、何か憑き物が落ち たかのように…先鋭性が蘇ったと云える…その要因を年齢や時間経過に帰するのは安易に過ぎると思えど…推察するに状況への馴れに対してある時 期から飽きが嵩じた惰性への自覚が、聴衆を含めた状況を突き放す距離感を生んで、その距離感の中で、其れでもバンドを続けてしまう、しかし先 の事は分からない五里霧中の業のようなものを気負い無く生活化した時に、少し想像とは外れた、浮足立っているのか地に足がついているのか見当 がつかない先鋭性を齎したのではないかと深読みする。

それは兎も角相変わらず「教育されざる音」が維持されている、良い意味で「どこに出しても恥ずかしい音」、自己を晒して憚らぬ音を文字通り臆 面もなく晒す演奏であって…其れは無論、最低限の技量習得への鍛錬のおかげもありながら…利休の言を恃めばついに此処まで至ったのかと思う一 方で感慨が無量なほどの度肝を抜かれた訳でもない、此れまでの経緯を思い返せば当然の帰結とも思いつつしかし事が此処まで至るにはむしろ超人 的な努力の賜物と云うよりも生活と同化して根差したが故の間延びした意志の持続が遂に意志としての突出を摩耗させるほど生活化した創作の表出 が自然となっていると云う現実的で驚異的な努力にまで推察が及んだ次第でもあった…元よりジゲンオルガンの音楽性をロック史芸術史的観点から 聴いた論点は過去のブログでざっくり書いているので其処で布石に用いた各種概念で以て改めてジゲンオルガンの音楽を説明し収容する事は此処で はもう繰り返す必要も遂になくなってしまって結果物としての演奏が遥か彼方に逸脱しつつあるあらましに添えたらいいと思う…飴色のようなベー スも、透けた羽衣もあられもない弁財天が抱える琵琶にも見える空華が…落語のとぼけた惨めと義太夫のリアリズムがふざけて一緒くたになった情 けない諧謔が誠に脆い滑稽を堂々と踏ん張る自由自在な音の繰り出しは何処までも軽みに達して、いったい何処まで昇天するのかハラハラさせつつ、思わず目を覆った指の隙間から其の成り行きを見届けずにはおれない…天衣無縫と云えば聴こえは良いが要は意味不明の泣き叫び笑いで真面目に付き合うと気が狂うであろうステージングは全く常軌を逸しており…寄る年波に乗って押し寄せる、泣くに泣けない、笑うに笑えない生活苦、人生苦を押し黙ってやり過ごすしかない庶民の声無き泣き叫びを嗤って代弁してくれる猿楽…それでいて鯖の骨で頸動脈を一突きする暗殺者のような油断 のならない音の先鋭さ(ビャービャー足蹴にされるキーボード)があって地に足の着いた演奏力を物語る、畳の上で飛行の夢を見ていた後のバツの悪さ…天地に引き裂かれた存在こそ人間と云う狂気そのものである艶笑話をふざけて真面 目な泣き叫びで以て通信してくれる火宅の人=芸能者である事も伝えて一体どこまで軽くなるのか。音圧頼みの武力的大声ではない、空間を超越し て聴く人の脳に入った途端一挙に解放されて暴発する精巧な起爆装置の歌でもあった…はずれたタガの先行きを心配しさえもする優しさも溢れて…何をどうあがこうとも駄目なんだと現実を泣き笑いで晒す絶望的希望であった。

そうした事態と同時進行で先述の「恥ずかしい音」を真っ先に表出するのは楽曲中に時折垣間見える、ごく僅かなリズムの亀裂、断裂、断絶、ずれであって…人間の何たるかを知らない衆愚の、およそ政治的一般論のプログラム内でしか物を思わない人達ならば此のずれをすかさず冷やかしの対象にあげつら っては己の優越を誇るという貧相を演じるのだろうが…聴衆の大勢がそうした惨めな貧相に傾く一つ手前ぎりぎりで其のずれを収めている天然とも 批評とも分からぬさらけ出しだから、此の恥ずかしさが人間の本源に根差す恥の興業になり得ている…図形化すれば楕円であって中心は二つあると云う のはロックにおいては猶更二項対立ではなく原初的な差異の始まりとしてのずれであって…そもそもメンバーが二人居れば、一つの楽曲を 二人で別々の楽器で演奏するのだから何らかの断絶やずれが生じるのが当たり前の現実である。しかし此のずれに向き合う事が嘲笑的にも肯定的に も狂気とされる不可解を認めなければならない。惑星や彗星が楕円軌道を描けば、素粒子の確率論的振る舞いも楕円が関係するらしいし、男女、主 客、…それは兎も角、此のずれをどちらか一方に肩入れすればもう片方がずれの容疑者に丁稚上げられるが元より一方に肩入れする必然性や原理は 皆無である以上、そのドラムとベースのずれは開放された出入口となって過去のブログで小生が書いたロック史の根源が往来する可能性を召喚する から…端的に政治的一般論を相対化し切り崩すための緒戦にはなり得る… 話は変わるが過去のブログを読むと本当にろくなことが書いていない現実に辟易する。

そして此のずれの効能に相乗して音楽を本格するのはダンダダンダダンと云うドラムの打音であって、なまじ音楽的良識のある人だと耳を背けたく なるほどえげつなく、どぎつく、本質だ本質だ唯本質だとばかりに巷間の生温い美学を蹴散らして己の中のみを発芽した直接性を露わにしたのであ った…太鼓はこう叩くべきだという決然たる意志に基づく此の直接性は、眼前の太鼓を叩くと云う現実が眼前の敵を叩くという現実に直結している と云う事である。しかも音楽を内面化しやすい政治的武力や威力に其の音を転嫁しない、飽くまでも眼前の太鼓を叩く事こそが即ち音楽 であると云う現実を全うするからこそ眼前の敵を叩き得るロックの先鋭なのである。此れは、所詮音楽の中に踏み止まるしかないという差別意識を 内包した上から目線を想定した社会的諦念隷属などではない。目の前に太鼓があり、太鼓とは即自的に何の関わりも無い自分が居て、其の自分が其 の太鼓を叩く事こそがまず狂気であり、其の狂気が、眼前の敵を叩くと云う我ならざる狂気と直結すると云う狂気であって、此の狂気は社会生活に 支障をきたすような、言うなれば社会との対称性に回収されるような「ありふれた狂気」ではなく、殆ど日常生活そのものである狂気と云える。本質だ本質だと叩いているからと云って、いわゆる、タイトに削ぎ落とされた無駄の無いドラムの音と云った品のいいものではなく、むしろ語弊を恐 れず云えば「無駄でしかないドラムの音」であって、賑やかな野生の音である。野性と云ってもアフリカンな、人間と自然との文化的安逸関係が前提ではなく、近代特有の、守ってくれるものがない、剥き出しの、「精神の野生」である…従って常軌を逸していると云わざるを得ない。ロックは 近代の産物であるゆえに…。ジゲンオルガンでは簡素に侘びた二畳敷きのようなドラムセッティングからして、あれこれの小太鼓や金物の類を小気味よく叩き分けるといったさもしい目移りを予め自らに禁止する意志が剥き出しで、ノリのいい裏拍を巧みに繰り出すそつのなさに端から無頓着、そ れこそ眼前の太鼓への執拗且つ残忍な虐待=事件であるかのような、即物的な、酸鼻に堪えぬえげつなさであるが、精神の野生は至って明るく、屈託無く開け ている飄逸であって…そう、誰でも無差別に此の精神の野生に呼び込まんとする開かれた笑い…だからこそ、心胆寒からしめるに足るのである。太古の記憶に浸された肉体の野性を呼び込むから安心してノれる裏のリズムに頓着せず、徒に前歯を剝き出す表のリズムに開き直るから不安で致し方ない精神の野性である…ガレージパンクの心であった。他バ ンドのドラムが、リズムの精確や裏拍の巧さや手数の多さ、滑らかさ等と云った幼稚な美意識(そろっている=きれい)に汲々しながらそうした公認の美意識を逃げ口上にして自己保身に瞞着する小奇麗にまとまっているのが、ジゲンオルガンを聴くと改めて批判の俎上に上るだろう。一生懸命 ドラムを叩いているように見えて音量は思ったほどでもなかったのは小生の耳がおかしくなっているのかもしれないがドラマーが太鼓を叩く事でド ラマーが太鼓に叩かれる、やり返されると云う惨劇の滑稽の為せる技なのかもしれない。しかし、此の滑稽を笑う者はすかさず次のように問われてもいる事も自戒せねばなるまい…「ならば君は一体何を叩いていると云うのだね」…太鼓を叩く者こそが太鼓に叩かれるのであって、太鼓も叩けぬ者が一体何を叩けるというのか、眼前の太鼓と向き合えない者が一体何と向き合えると云うのか、人間か、社会か、太鼓も叩けずに社会と通用していると夢想する得意顔のどちらが滑稽なのか。こうした一連の現実の露呈が、眼前の敵(=無自覚な自分や他者、社会諸々に通用する言説…)を叩く、の謂いでもあろう。いずれにせよ楽器が居て私が居て私が楽器を弾くと媒介ならざ る狂気が日常の振幅に共鳴する…其の倍音を増幅するロック演者は猶更ささやかなる狂気に過敏でなければなるまい。これから一体どうなるのか、 未来が気になるからもっと聴きたくなる、開き切った、あるいは開き直った限界が出発点になる音であった。漱石が渇望する処の「非人情」の音楽であった。

メガホンズ(東京)…大人の汚さを言葉で直情的に訴えるにしても其の音楽性がいわゆる大文字のROCK SCHOOLをそつなく卒業したが如き、即ち「大人の 汚さ」が積み上げてきた保守性に甘んじているために主張の先鋭性が台無しになっているのは否めなかった…即ち、「どこに出しても恥ずかしくない音」、誰が聴いても上手いと思わせる、音楽への疑念を清潔に払拭した音であった。しかし思想の純粋性はよいとして大人 の汚さ云々と云う、政治状況の複雑性を意識的に捨象した単純な主張の有効性への疑念に起因する方法論上の小異に拘泥して、時局に対峙するため の大同を見誤る余裕はいくら無責任な聴衆にも許されない、それくらい時局は翼賛体制に向けて進んでいる事を思えばこそ…ジゲンオルガンとは対照的にドラムの音は、涼しい顔で次次と様々な太鼓を撫で触るような優しいバチ捌きでいながらそれぞれの音がしっかりした爆音となって粒立って ノリよくリズムが裏走るのは一体どういう仕掛けなのか、と思った。アムロのいじけた内向的反抗や、カミーユの無軌道な支離滅裂を学ばれたし。 しかしながら結果として、とっても上手な演奏ではあった…飼い馴らされたロックスクールの枠組みから出ていない、無自覚に教育された音ながら ロックスクール卒業の音自体も流通に資する以上それなりのコクを備えているため味わい深かった。しかし、これからどうなるのか、その先が気に なる音ではなかった。

ちなみに岩国らしく黒人さんの御客も聴きに来ており…小生は彼が如何なる反応を示すか注視していたが…めがほんずやメガホンズにはノリノリで楽しんでいるように見受けられたがジゲンオルガン に対してはポカンとして何が起こっているのか理解できない感を表情に出しておられた。ライブ終了後歓談…その後、行きつけの居酒屋が炎上したとのことで別の居酒屋たぬ吉へ…茄子の俊郎、磯の松原、といった雅な品書きに脱帽…忘れ得ぬ店となり…酔いどれた福の神が、出された親子丼をぐちゃくしゃにこぼして眠りこけるどうしようもなさなので店主に追い出される 午前2時の一幕…ホテルへ帰る千鳥足…酔っ払った米兵たちがあちこちで大声を上げる荒んだ岩国の夜はもうすぐ明ける。

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