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 ロック史を体系的議論から解き放ちながら、サイケデリアの土着性とハードロックの非継承性を論ずる。主要1000タイトル、20年計画、週1回更新のプログ形式。
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片膝立てて…団扇初め

胡坐での執筆が膝の内角を0度近くまで閉める事で膝回りの、老朽化、運動不足によって硬化した精妙なる腱を伸ばしきって痛めるが、さりとて注文した椅子は未だ来たらず故に奇しくも桃山風に、片膝立てての執筆開始…(正座というのは封建徳川以降…桃山までは胡坐や片膝立ての肖像が多いだろう)野球中継を微弱音量で垂れ流しつつ昔のへうげものを徒然に読む、よく晴れた日曜日の午後の一時ののんびり…月曜日からの俗事再開に備える…新緑も落ち着いて濃緑の影から小鳥のさえずり…衆に恃んで事を煽るを潔しとしない数寄者の清然なる心意気が邪魔をして、目下悪化の一途を辿る政治状況を看過する不徳に甘んじているのか…分かってはおっても目先の閑散とした風情に心ほだされて…窮地に没入する一歩が放てぬ…鬱屈した惨めが鬱積すればそれもまた暴発への可能性を徒に高める好機なれど、問題はその場限りの惨めを薄く浅くやり過ごしてしまう忘却への老獪であって…プロ野球へ没入する大人の生理を今は己が物として会得している始末…ままならぬ政治状況、経済状況による抑圧に対する鬱屈や惨めを己の心として蓄積させ続ける事自体が齎すキツさに耐え兼ねて…それこそ目先の、打った投げた入った入らない勝った負けたでその場限りに人心を賑やかすプロ野球の、体制への不満のはけ口装置としての怠惰な成熟にのめり込めば、抑圧体制に対する己の無力と云う惨めな現実をひとときでも忘れさせ、誤魔化してくれる盲目の欺瞞であるのは百も承知であっても…今ではもう、野球が休みである月曜日は何か物足りないような気持にさえなる一種の中毒症状までも日常化しており…故あって火曜日にナイターを球場にて観戦…風吹いて夕暮れ泥む球場の、よく手入れされた芝生を眼下にビールをしこたま飲む羽目になるが其れでも決して拭えなかった汚辱は…試合開始前にアナウンスがかかり、起立、脱帽の上国歌斉唱を強制された事…なぜ民間のエンターテイメントまでも国家斉唱を強要するのか…言わずもがな、先述したように国家と野球の結託を前提としている故と云うのは知悉しているにしても…無邪気に観戦を楽しみに来た小生に国家の現実と云う冷や水を浴びせかける惨めであって…結局付和雷同、されど起立はしたが、脱帽はせず、と云う無害な抗いでその場と己の貧弱な矜持とのバランスを取る惨めが後追いで追い重なって来るのであった…何故国民が国家=国歌を謳う(歌う)のか、国家=国歌こそが国民を謳う(歌う)べきではないのか、それが出来ないのであれば国民が国家=国歌を謳うという、国民主権を本末転倒して国家主権を肯定する奴隷根性はやめろ、などと、刹那、なけなしの政治的怒りが込み上げて来ても、全体主義体制の中ではあらゆる理性や常識の価値が暴落するゆえの政治的正論の無力が行き着く空しさばかりが先行する…新井は阪神戦になると敬愛するアニキに遠慮、委縮するから仕事しないのか…今日は松山に替えて正解だった猛打賞…中崎に替わる、ストッパーとしての可能性が芽生えてきた今村にも要注目…と、こんな事も云えるようになって来た…それにつけても今となっては既成リベラルへの収斂を果たしてしまって先鋭性が削がれたシールズの…腐れヒップホップ調のコール&レスポンスによる雑なアジテーションは…へうげものの言を借りれば…「全国の数奇大名を敵に回した」と云っても過言ではないのであろう…無論既成権力と潜在的に結託したマスコミがそのことを見込んであの醜態を全国に流したのであろうし、今は小異を捨てて大同につくべき肝要な時であるとは重々承知しているつもりでも…今、此の国における数奇者勢力はいかほどか不明であるが…衆に恃んで事を煽るを潔しとしない数奇者の清然なる心意気はともすれば政治的には多数派争いに終始する民主主義になじまぬ貴族主義的孤立による無力を託つ弊害は否めないが…最早今更構想している暇はない手遅れなのだろうが…なんとか政治活動において風雅は発現出来ぬものなのか、と云う切なる希求であって…既成のデモや集会、演説会などの、雅趣や面白味、数奇心を髣髴とさせない活動は、たとえ政治的重要事であっても、まず萎える…奮起出来ぬ…ならば自分が新規にそれをやるべきなのだろうが…上手く思いつかない…帝政ロシア末期の革命演劇や寺山修二らの街頭演劇、フランスの5月革命期での諸思想、諸芸術によるアンガジュマンやシチュアシオニズム(状況主義)、伊勢踊り、ええじゃないか、大正末期のアナ系前衛芸術家による街頭活動から60年代赤瀬川やゼロ次元などの前衛パフォーマンスや儀式屋、そして2000年代の会田誠やチンポムに至る系譜など先人の事例を参考に思い浮かべど…小生であってみれば政治と美意識とが懸濁した政治的実効としての現代版数奇の指標である「荒み」の世を問う事にはなると意志を新たにしつつ…ヤクルトの傘応援による東京音頭は雅趣あふるるし(隠れヤクルトファン…)、最近ではNHKライフでウッチャンが創出した「梅雨入り小僧」と云うコントでの唄と踊りは、コントを超えて、近年稀に見る創意あふるる風雅として、小生の魂が射抜かれ申した…往年のタモリのニセ義太夫芸に匹敵する…いずれにせよ茶室を出て街に出なければ…その一方で来るべき茶事の構想ばかりが昂進する呆けた始末…暑さに耐え兼ね、「梅雨入り小僧」に負けじと、今宵、団扇初め…奈良は池田含香堂「天の原ふりさけみれば春日なる」三笠の山にいでし月かも…上の句の文字だけ切り抜き、後は鹿と山と月をさっくり配した創意の奈良団扇の逸品…NHKクラシックはバレエ特集…男たちのぷりぷりした白タイツの尻を見飽きる…

能における「乱舞」は、「らっぷ」と読むらしい…山上宗二記にそう書いてあった。

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HN:
仄々斎不吉
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非公開
自己紹介:
 数寄の天下を獲らんがため号するは、仄々斎不吉。

 三千家(裏千家・表千家・武者小路千家)及び諸家茶道流派に例外無き教条点前に豪を煮やす一方、近代数寄者(益田鈍翁、高橋掃庵等)以上に見立ての幅が広がった現代茶会に更なる侘びの新風を吹き込むべく研鑽を積む。

 利休の、無産有産といった階級をも併せ飲む侘びの骨頂に根ざしながら、そうはいってもありがちなブルジョア金満足だけは厳に慎みたい労農茶人。

 草木に臥してなお風雅を愛でる仲間であるために、茶の湯だけでなく、路上観察、テレビ跋渉、音楽及び納豆評論、 30人31脚批判もこなす趣味人にして愛陶家。 猫舌。


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