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 ロック史を体系的議論から解き放ちながら、サイケデリアの土着性とハードロックの非継承性を論ずる。主要1000タイトル、20年計画、週1回更新のプログ形式。
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今週休載のお知らせと冥福への予感

元気はもとより小生において抹消されているが…もう、どちらかというと、国家や共同体が押し付けてくる制度や慣習による囲い込みと排除の往復ビンタなどよりも、生命の法とでもいうべきものからの逸脱による原罪と恐喝、刑罰の方が恐ろしい、というか、生活にとって真に迫ってくる…人間共同体の法の下部構造に生命の法を置くなどとは所詮人間が保身のため妄想する「科学の物語」に過ぎないと分かってはいても…生命の法からの攻撃を妄想懸念する方ががたがたしく締め付けられる窮屈な気がする…情けないまでに卑しくいきり立つように急迫せぬ長閑な心持ちに毒されてしまう呆けが無感動へと摩滅させる麻痺の極楽なのか物を書く上での一点を突破する殺伐が足らぬなら足らぬで極楽の麻痺の果ての平滑な宴を…経験も思索もありはしたがそれだけ、で、元より肉迫を希求した事など無かったつもりでも、麻痺の極楽でさえも牙を歯軋りに供するぎりぎりの癇癪も自負すれど、潰えた心情からすれば無力な慰みでしかなく、永遠の眠りと云う常套句が現実味を帯びて来る夢のまた夢、指から爪が消えてくれた。消えてしまっていた。

メモランダム

変化という認識は恒常的として捉えられた過去と、同じく恒常的に捉えられた未来という段差の認識に基づく限り、認識の形式に回収される退屈な変化でしかない。

明文化された制度はその制度の外部によって常に基礎付けられている…限界認識と観察による批判的に、ではなく、専らその制度の基礎的内部的部分が即ち外部となっているような…

要するに今の精神状態はついに憔悴すら出来ぬ深みと影の無い光の中での無感覚無神経麻痺の熟睡状態へと昇天している…だから書けないのかすらもどうでもよいまでに…ありがとう、さようなら、と一言言い、光に溶け込みたくなるような光が波動を失ってどこまでも大きく豊かな充溢へとその光に包摂される、魅力すら要らなくなった快楽へと冥福するような…少なくとも外界からの刺戟に何の取っ掛かりも見出せない…何とはなし…何とはなしに…過去の世界大戦が前のような趨勢に…先進資本主義国と、後進資本主義国(旧共産主義国)との、領土、歴史、民族、資源、経済、環境を巡る確執が領土問題を発端に抜き差しならぬ事態へと…紀元前ギリシャから飽きもせず繰り返されてる帝国主義的小競り合いとブロック経済化が領土という、最も国家が発火しやすい問題を契機に後戻りできぬ事態へと…ゴリ押しすればごね得が手に入る味をしめたゴロツキ後進資本帝国主義国が、また、おとなしい良識を駆逐するのか…愚昧極まりない時代状況に巻き込まれざるを得ない怒気もまた…憔悴…遣る瀬無い鎮痛が…小保方氏関連についても一家言ありはするが、もう、遠い漣の面影で…そして…口をかっと開けて小さい歯を冷たく光らす死んだ魚…

一輪の埃が…虹のかけらを…兜蟹の静かな交接のように死んでいくのか…自然の生命の生死はいかに騒がしかろうとも全的に死であるとしか思えなくなった…自然はなべて美しい…だから、死だ、結晶だ…重油がのたうつ海の真っ黒な美しさを思う幻…べっとりと漆黒の重油を全身にまとった海猫、あれは、美しくないとでも云うのか。終わり間近になってこらえきれぬ憤懣と憎悪が難聴をつんざく。

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