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 ロック史を体系的議論から解き放ちながら、サイケデリアの土着性とハードロックの非継承性を論ずる。主要1000タイトル、20年計画、週1回更新のプログ形式。
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観月茶会記

2019年10月6日に台風発生の一報を聞き付けて、当月12日の茶会の開催が早くも危ぶまれ、やきもきとしていたが…8日には台風19号の進路予想が発表され…ちょうど茶会開催日の10月12日に近畿地方最接近で岡山も暴風域に入るとの予報であったから、厳しい決断を迫られていた。やるべきか、やらざるべきか…しかしこうした事態に備えて、11月に予備日を設定していた事もあり、想定された計画を其のまま遂行するならば、今更の日程変更は考えられず、もし12日が駄目であったならば、11月に順延、と云う方針で事が運ばれる流れであった。しかし、次第に確度の高まる予報を見るにつけ、12日さえ乗り切れば翌13日は晴天であるし、折しも三連休、土日の予定を、一日ずらして日月に変更してしまえば、わざわざ11月まで持ち越さなくてもよいのではないか、と云う思い付きも、自然ではあると思われた。ただ、こうした賢しげな機敏さが逆に猪口才な結果を齎し、例えば、台風が過ぎたとは云え、其の翌日ともなると交通やインフラの遮断等の災害の影響がむしろ顕在化して、天気晴朗なれど結局集合できず、と云う情けない落ちも懸念されたから、一日ずらせば何とかなる、と云う楽観は持っていなかった。とは言え、11月の予備日発動をメンバーに打診すると、参加はできるけれども法事があって日帰りとなる御方もおられ…予備日決行も不可ではないが少し残念な形にならざるを得ない事が分かった。更に予報が進むと、進路予想がだいぶ東海~関東に寄りだしており、確かに12日に本州最接近だけれども、案外12日でも岡山ならばいけるんじゃないか、と云う微かな期待さえも、いまだ現実味を帯びていたから、みだりに浮き足立って日程を動かした結果、台風後の災害で集合できない、あるいは人数が減ってしまう肩すかしの形になるよりかは、多少は風雨があっても予定通り12日に決行した方が、案外全てが丸く収まるんじゃないか、台風一過の壮烈なる満月が拝めるんじゃないのか、と云う現状維持への引力も、其の当時はいまだに強かった。しかし…進路的にはだいぶ東よりになって西日本への影響は軽微そうではあるものの、やはり、台風最接近の日にわざわざ決行するのは、あまり好きな言葉ではないがリスクがあり過ぎる、各所の遠方より集合する此度のミッションの道程を思えば、12日を避ける無難な決断を取るべきだろう…一日ずらす案も、災害で駄目になったとしても予備日は一応確保しているのだから、可能性をわざわざ減らす意味はないので、次善の策としてまずは試みるべきだとようやく自身で決心し、其れでも半ば迷いながら、一日ずらす案を提案すると…幸いな事にメンバーに不都合は無く、宿泊予定のキャンプ場の亭もまた13日に空きがあると云う事で、13日に変更と云う方針が固まり、ひとまず安堵したのが10月9日の事であった。
そして迎えた台風最接近の12日当日…台風の西側だから雨こそ殆どないものの、此方は朝から物凄い暴風で、たちまち家内で浮き足立ち、此のままだと停電、断水が有り得ると恐れおののき、朝っぱらから風呂に水を溜める、家中の鍋に水を溜める、なんやよう分からんが取り敢えず米を炊き、とてもではないがこんな暴風の中で高速道路での運転や山奥での茶会など無理であり、13日に変更するのは当然であったと思い至るが、しかし更に、此の規模の台風だと、13日でも災害の爪痕のせいでおじゃんになる可能性が高まり…気を揉む一日であった…と云うのは、細君も、メンバーの一人も、職務柄災害への対応出動が有り得る立場であり、出動要請が下れば当然13日もパーになる、と云う背景もあったからだ。
しかし、翌13日、本体から取り残されて千切れたような突発的な風は強かったものの、快晴で、特に連絡も無かった事から、出動要請も無かったらしく…出立と相成ったのであった。
大きな問題も無く、皆が無事に集合場所である津山駅に14時到着、目的地である津山の木もれ陽の森キャンプ場へと北上する事に。計画だと、途中で入浴施設に寄る予定であったが、合議の結果、不要と云う事で脇目も振らず当地へ乗り込む仕儀となる。
到着し、管理人夫婦と会談し、案内された梢月亭はブログの写真通りの、しっかりした大工仕事が施された、此の上無い数奇場であり…釘を一本も使わない伝統工法であり、観月台の軒は、でかい寺の垂木構造でさえある凝りよう…施主である管理人と大工の数奇が激しく伺えた。森閑たる杉木立の環境なれど、亭前を流れる瀬音に交じってそこかしこから子らが遊具で遊ぶ声が聴こえ、案外にぎやかだ。奥の方まであるキャンプサイトは満員らしい。何をさておいても速攻で、米を洗い、炊飯器にセットする。
山の斜面のあちこちに造作されたキャンプサイトの、それぞれのテントしつらいを観察しながら登り、今宵の茶会の場所の目星をつける…山上には大きな広場、其の隅には山から出土した岩塊が…
腹も減り、バーベキューの支度にかかる…其の前に、月見飾のしつらいを整えるべく、もう一度山に入って芒を採取して帰って来ると、野菜班(細君)が野菜を切り、火おこし班は既に今や遅しとばかりに着火準備に入っている…バーベキューサイトは、管理人が重機を操って山から興した天然の岩塊を、飛鳥の石舞台のように組み合わせた、野趣あふるる仕様である…自ずと、織部の縄文茶会を想起させる…
岩の、人為的に削った訳ではない、ただ単に窪んでいる処に着火剤と木炭を据え、火をおこし…程よく炎が収まって静かな炭の燃焼が始まると網を置いてカルビを焼く!野菜を焼く!タレにつけて食う!ビールを喉に注ぐ!飯をかっ込む!…機が熟すと、肉だけではない、バーベキューならではの創意さえも凝らされ…津山名産の干肉のみならず、タラの西京焼を焼く、オイルサーディーンの缶詰を缶のまま火にかけて温めると油が膨張して溢れて炭火にかかり炎が上がるハプニングもまた楽しっ!肉以外も旨いが、改めて肉を食うとやはり肉が旨く…肉と云うふるさとに帰るためにあえて肉以外を焼く回り道がバーベキューを一層豊かにして…気付くと日が暮れる…限界に達した満腹であるにもかかわらず、限界に達してからが勝負だとばかりに、鉄板を導入してまさかの焼きそばを投入…訳も無く自己を追い込む破目に…余った野菜と肉の全てを投入した焼きそばは絶望的にへヴィであり…通例の豚バラ肉ではない、濃厚な肉の旨みと噛み応えが今や厳しいカルビが焼きそばに混入しているのに口内が出くわすと、其の重量級が身に堪える…身に堪えるが、其れでも、食べてしまえると云う人間のサガ、over the rainbow…満腹の果ての、其の先には、最早何も考えられない無我の境地か…

バーベキューサイトを片づけ、梢月亭に帰る…梢月亭の観月台からは、時刻、方角の関係で残念ながら月は見えず…且つ、思いの外森の夜気が冷えるのもあって、障子を開け放したまま森の雰囲気を楽しむ訳にはいかず、雨戸を閉めて、亭内に月見飾りをしつらえる。

月見飾 三宝に福福餅を五個盛る
    左脇に竹筒を置き、芒を生ける
    右脇に蜜柑、柿を盛る

しつらいを終え、まだ満腹で何も考えられず一息つくと…寒い、寒すぎると細君が騒ぎ出す…壁は障子と雨戸の板のみで断熱材なしだから、外気が其のままである…毛布を出してかぶっても寒気は収まらず、仕方ないから、管理人に電話し、ストーブを出してもらうと云う一悶着あり…夜にも関わらず対応して下さり、シーズン前だからあちこちからなけなしの灯油をかき集めてくれたらしくストーブ到着まで時間さえもかかった事も含めて申し訳なくも有り難く…石油ストーブの温風の圧倒的効果にひれ伏す…

そして、腹ごなしがてら野点へと繰り出す。

第一席 観月茶会

日時  2019年10月13日 20時頃 望月
場所  岡山県津山市 木もれ陽の森 山上広場
亭主  黒曜堂主人(←私)
客   香川住、京都住
半東  細君
湯沸  コールマン
盆   栃 拭漆 破れ蓮図彫刻 東水 刀
茶合  煤竹 やどかり図彫刻 逸峰 刀  
茶   梨山涎蜜茶 台湾
急須  温泉津焼 森山窯
茶器  萩焼、南蛮手、常滑焼藻掛、赤絵
菓子器 宝袋蒔絵 黒漆塗平皿
菓子  松の実、黒大豆

少し場所の決断を早まって、茣蓙を敷いた処が斜めだったから若干居心地が悪かったが…雲が飛び散る夜空に皓々と満月が冴えて、茶の香気に集中する事で、月が杉木立に隠れるまでの天体の運行を噛みしめるように眺める静謐の時を構成できた…此れにて一座建立相成る。

第二席 想月宴会

山上の観月野点の余韻も冷めやらぬ中、月見飾を眺めながら酒宴へとなだれ込む。酒、つまみ、いずれも至高。十年以上前に京都でお助けして初めて、朱塗りの片口が大活躍した。栗焼酎の品のいい香りが絶品であったし、此の純米吟醸、其の飲み口はまさに良く研がれて青光りする刃物のよう…鮮烈で透明ながらも貧弱さは一筋も無く、呑み進むにつれ、弛んだ濃厚さに恃まない凛とした酒の骨気が、穏やかな汀がどこまでも広がるようにたおやかな優しささえも湛えて…涙が出るほど心身に浸みこんでいく…互いの近況、積もる話がだらだらと充実し、酔いにまかせて、午前零時頃になってようやく最近私が取り組んでいる文法論について突っ込んだ議論を展開しつつ、かけがえのない夜は更けていく…。

日時  2019年10月13日 21時頃
場所  岡山県津山市 木もれ陽の森 梢月亭
酒   賀茂鶴純米吟醸一滴入魂(西条)、栗焼酎無手無冠ダバダ火振(四万十川)
酒器  朱漆面取 片口
猪口  萩焼、南蛮手、常滑焼藻掛、赤絵
肴   じゃがりこ、あたりめ、たけのこの里、五百円玉大の煎餅にバター風味のクリームとアーモンドを載せたつまみ(←名前が分からない定番のつまみ)


第三席 名残りの茶会

昨日のバーベキューの残りの肉と野菜と焼きそばを折詰で保管していたから此れをオカズとして、更に持参いただいた自家製の梅干しと菜っ葉の漬物を香の物とし、飯をよそって、朝食となす…柿を剝いてデザートとし…其の後、梢月亭内にしつらえた月見飾を観月台に出し、杉木立の隙間から差し込む朝日を浴びながら月見の名残りを惜しむ朝の茶席を設ける。

日時  2019年10月14日 9時頃 青天
場所  岡山県津山市 木もれ陽の森 梢月亭観月台
茶   阿里山金萱 濃香 台湾
菓子  福福餅 丸亀
他、第一席と同じ

キャンプ場を後にして、九十九折の山道を行くと奥津温泉郷…川のせせらぎが、せせらぎを通り越して、昨日の台風の雨を集めて怖いくらいの怒涛の流れであったが…日帰り温泉で、骨の髄まで温もる至福を味わったのは…要するに、梢月亭で自分でも気づかぬうちに骨の髄まで冷え切っていたからなのだろう…泉質はハードコアの濁り湯ではなく好ましい透明で若干ピリピリくる鮮烈、湯温も熱めで目が冴える。奥津温泉と云う提案は、今思い出しても其の時に体が温もる具合が蘇るほど、有り難いものであった。其の後は、久米の仙人で有名な久米の道の駅でゼータガンダムを拝観、私は地元のなた豆茶と煎茶を一袋ずつ購入し、津山市に下って大名庭園の名残りである衆楽園を巡って野鴨や鷺たちの軋轢に癒された後、一度行った事有る、例の自然のふしぎ館に再訪…以前はあったとおぼしき、人間の赤ん坊のホルマリン漬けが、撤去されて、無かった事のようにされていたのは時勢なのだろうが、不意打ちのように見せて来る、熊の胃袋の中に収まった人間の足首の写真には、当館の真髄の健在ぶりがしたたかにアピールされていた。そして諸々への感謝の辞を述べて解散。

此れまでの茶会&旅行は…行った先のあちこちの見所を巡り、御当地の居酒屋で名物料理に舌鼓を打ちバーを飲み歩いて夜に蠢き、気に入った自然や旅館の部屋などで野点や茶会を営む形式で、茶も抹茶オンリーであり…其れは其れで人生にとって有意義で楽しいものであったけれども、此度は趣向を一変させて…山奥の亭と云う一ヶ所にじっくり腰を落ち着けて自然あるいは己とじっくり対峙し…自ら火を起こして食物を焼く原始に立ち返るバーベキューにも挑戦し、茶も、抹茶ではなく煎茶(日本の玉露ではなく、台湾の烏龍茶ではあるが)に挑戦、という形で、旅と酒食と茶の形において新境地を開いた感があった。バーベキューや月見飾となると軽自動車の私一人で全ての材料をまかなうのは不可能であったからメンバーそれぞれに割り振った訳だが、其の結果、私だけでなく他のメンバーそれぞれも当事者として創意を発揮できる機会を設ける事が出来た事が、何よりも一座建立において有意義であったように思う。今後の定番ともなり得る手ごたえは確かであった。


道具組の再現

少しだけ道具の説明を…急須は、IT企業特有の傲岸さでプロバイダーが急にホームページサービスを一方的に打ち切ってきたが故に今は無き「日本焼物紀行」の中の「因州数奇修行」で御助けした逸品。此れにはいきさつがあり…長い間出番が無かった故に、一度、人に譲った事があったが、此度の茶会を思い立って、主役となる急須を思案した処、此の急須以外にないと思い至り…恥を忍んで、無礼を承知で、取り返して来た次第…「因州数奇修行」での描写を再録しておく。「店員が品を包んでいる間、ほとぼりが冷めぬ強欲が小生の目を、死角にまで向かせた。壁際の棚ばかり見ていた迂闊、入ってすぐの棚の下の方に隠れるようにあった品々に、すうっと手が伸びる。民芸神の手と重なるように、とある急須を手に取った途端、中々いいじゃないか、という、友人の声なのか自分の心の声なのかその両方が同時だったのか判然せぬ混乱から放射した一条の光に照らされ、目に適った急須が現出した。正面から見ると実にいかつい、爬虫類然としている。恵まれなかった人の魂の六道輪廻のようなトロミのあるものが、はちきれんばかりに止まっている。鎬が真を通した取っ手の付き方はがっつり容赦ない。獰猛で性格も暗そうだ。正面から見ると、米海軍からの魚雷攻撃を回避中の戦艦武蔵のようだ…」

茶器は、基本的には煎茶用の揃いを所持していないので、猪口で代用した。其の結果、茶会の後の酒宴では酒器としての本来の用途も成し遂げたがため、茶器と酒器の融合即ち茶会と宴会の融合さえも果たした新境地の、影の立役者でもあった訳だ。ただし、萩焼に関しては、煎茶用の薄作りである。藻掛けとは、海藻を器に巻き付けて焼成する常滑焼独特の技法で、藁を巻く備前の火だすきに相当する。ナメクジが這ったような薄気味悪い模様がついているのが鑑賞の見所だ。盆は習作として私が彫り、最初と最後だけ漆で拭いた。抹茶でも盆略手前と云うのがあるがあくまで変則…煎茶では盆の効果が、其の場の世界観をかなり仕切ると我ながら感じ入った。図案は与えられたもの。茶合は、煤竹にやどかりが彫られ、逸峰刀と銘が刻んである。此れもいわくつきであり…数年前、とある骨董屋のワゴンセールを何気なしに漁っていた処、引っ掛かりのある銘が刻まれた茶合を手に取った。五百円であった。師匠の先代に見てもらった処、門前小僧的な感じで先先代に習っていた、額縁屋の息子であったらしい「タカタのハーチャン」なる人物の作と云う鑑識がついた。其れが県境を越え数十年の時を越えて巡り巡って同門の曾孫弟子の私の手元に届くと云う巡り合せの僥倖である。

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