ロック史を体系的議論から解き放ちながら、サイケデリアの土着性とハードロックの非継承性を論ずる。主要1000タイトル、20年計画、週1回更新のプログ形式。
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「the eighth day/on(1967)mvce-22014 」 2009年8月9日 長崎忌
八月八日と九日の端境の刻。民放ではその夜、しつこく、麻薬取締法違反の嫌疑がかけられた酒井法子の警察への出頭を報じており、うんざりし(もっと重要なニュースはあるだろうに)、NHKに変えると、やはり戦後番組をやっていた。広島への原爆投下直後の、市民の手記の紹介。すさまじくも悲惨な、その現場に居なければ文字通り体験できないような赤裸々な体験を綴った文章が、市民が描いた、簡素な描写ゆえにいっそう生々しい地獄絵図とともに紹介されていく。平和教育というものは「はだしのゲン」漫画版アニメ版双方を強制的に摂取させるだけで事足りると思っていたが、東京空襲に際した市民の絵図もそうだが、かような、市民の簡素絵が、まことに恐ろしいものである。(原民喜、大田洋子、井伏鱒二、小田実、はだしのゲン、市民の手記、簡素絵といった原爆表現の系譜は一度まとめたい)
去年作製され、東京大空襲の日に因んで放送された映画でも同じ現象であったが、先ほど見たNHKの番組でも同様の事が起きた。件の映画とNHK番組との違いは、後者においては井上ひさしが、小生も気になっていた事実を、意識的に指摘した事であった。
例えば空襲映画では、爆撃を受ける日本人が、天からの災厄を受けるかのようにただひたすら火に巻かれ爆風に砕かれるようにして逃げ惑って殺される映像が淡々と流れるのみであり、そうした殺戮を直接的に実行した敵=アメリカへの直接的な憎しみの声を上げる市民が一人も居なかったのである。果ては、ラスト、堀北まきが、むしろすすんで、米軍機の発砲に身を委ねるようにして無抵抗に死ぬ場面で終わったのである。いったいあの映画は何だったのか。明日はキャンプなので手短にしたいが、アメリカ軍という、ただただ自国の国益に従って戦争する国民国家が齎す殺人攻撃を、まるで神が齎す災厄であるかのように、極限まで苦しみながらも憎悪と異議の叫びを上げずに、受け入れるのである。(アラブ人が、日本人はアメリカに原爆落とされてなぜ平気なのか、としばしば問うが、じつはこの問題は相当にややこしい。)
そして、先ほどのNHKで、井上ひさしが、文意として「広島の手記でも長崎の手記でも、一体誰がこんな殺戮を実行したのか、といった疑問の声は一つも無い。あるのは、ただ死んでいく者らへの労りと、何もしてやれない自分への自責だけだ。こんなことは世界に類例が無い。目には目を、と考えるのが世界の常識であるが、広島や長崎の市民は、やりかえそうとは思わない。報復による憎悪の連鎖が戦争を生むことを市民は知っている。これは日本にしかない恐るべき思想だ」と指摘していた。小生が、先の空襲映画で感じた違和感を、井上ひさしは、思想と言ったようだった。小生の違和感とは、東京大空襲にしても原爆にしても、こんな殺戮をやった張本人=敵は何か、と考える日本人がいないのではないか、ということである。無論、アメリカであり、アメリカだ、と考えた人もいただろう。戦争状況は一概にはいえないが、しかし、単純に、この場合、アメリカだ、と考える思考が無い方が不自然である。しかし、映画なり手記なりで、作品として世に出る形で、それが表明される事は稀である。アメリカによる戦後の国策教育のせい、とだけでは片付くまい。多分、メディアの検閲以前に、実際に、多くの市民が、アメリカへの憎悪を書き立てることは無かったのである。書きたてたとしてもそれはごく一部だったろう。あの殺戮を災厄のように受け止め、原因を考えようともしない日本人、これを思想というならば、これはガンジーの無抵抗主義とも隔絶する。ガンジーには、しっかり敵が見えていた上での行動だったはずであり、だからこそ印度の大衆がついて来たのである。しかし、敵、を意識的に定めようとしない、ということはできないだろう。意識的にすまい、とした途端に、意識してしまうからである。だから、あの映画を作った者らや、手記の記者らは、初めから、敵は何だったのか、原因は何だったのか、と考えることすらなかったのである。
それでは、彼ら市民らが、戦争を多極的観点から考えた末に原因を突き詰める事の不可能性を悟った上での事かというと、どうもそこまで考えてはいない気がする。井上ひさしは、憎悪の連鎖を断ち切ろうとする市民の視点を想定していたが、小生は、あの手記の市民らがそこまで考えていたとは思えないし、少なくとも番組内で紹介された手記の部分にはそうした内容は無かった。
市民らは、単純に、敵と敵への憎悪を考えることすらなかったと小生は思う。思いつくことすらなかったのである。そうでなければあんな映画は世に出ないしあんな手記は書けない。日頃鬼畜米英などと言いながらも、天空から爆弾を落とす者が同じ人間に過ぎない敵であるとはわかっていなかったのである。去年話題になった「夕凪の街 桜の国」も同じ種類である。
よって、井上ひさしが日本独特だと指摘した思想とは、世界の側から見たら、いや、日本にとってさえも、痴愚の思想ということになるだろう。(いや、日本にとって、という思念が不可能だから痴愚なのだが)井上ひさしはここまではっきり言っていないが、小生が感ずるところによると、西洋の、原因と結果、あるいは敵と味方、目には目を、といった考え方でもなく、ガンジーの戦略的無抵抗主義とも異なる、日本痴愚思想によって平和が訪れると、示唆したようなのである。これが本当ならば、日本はなんという恐るべき痴愚の基底であろう。これは、イデオロギーと、ただの馬鹿との紙一重である。実際に平和になるかどうかは別として、全く想像を絶する国である。それでもあえて思想と呼ぶならば、小生は、この思想の是非を問うつもりにすらならない、思想というよりも確かな現状のように思えるこの事態を、ひたすらあきれるばかりである。
ただし、本当はアメリカへの直接的な憎悪が市民の大多数で溢れていたが戦後60年以上経って今でも日本メディアによって検閲されていたとしたら(アメリカは立場上当然検閲するだろうから)、メディアよ、小生による報復の筆誅を覚悟せよ。
全然関係ないけれどもエイス・デイ。アメリカ産。女性二人に男五人がはべるハッピー・ハーモニー・コーラス・ソフトサイケ・ポップロックである。車中でジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスなどを聴くと冷房しているにもかかわらず熱中症で倒れそうに成るので、即ちそれほどまでの暑熱であるゆえに、何かしら涼しげな音は無いものか、と、ストロベリー・アラーム・クロックの傑作サードアルバムやキャラバンのfor girls who grow plump in the nightなどを聴いていた一週間であった。両者とも、別の意味で涼しげであったが、これらのバンドは最重要バンドであるからして、これらの音楽に無粋にも言葉を立てんとするならば、涼には納まらぬ気合が必要である。賃貸アパートメントに籠る熱気たるやすさまじく、午前零時過ぎても、冷房の無い台所などは30℃以上ありそうで、我が家の米が全滅的に腐るのではないかと危惧、いっそ米壷と米壷に入りきらなかった米だけでも、冷房のある居間兼寝室に移すべきなのか、家人に具申する所存でもある差し迫った状況で、さらに内的ではあるが熱を帯びる主題をここに来て選ぶ必要もなかろうということで、滅法界に手に取ったのだエイス・デイであった。ようは白米を守るためである。その音楽性は、冒頭に記したとおりに尽きるのであり、アレンジがソフトロックらしく凝ってはいるものの、ストロベリー・アラーム・クロックほどの的確なサイケ色ではない、兎に角ハッピー感丸出しのスタジオセッションマン的職人的思考の産物であるから限りなくポップスに近いだろう。そうした野暮さが、涼しさもしくはクールから遠く、ほっこりした温もりを髣髴させる、典型的な60年代末期の音である。
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