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 ロック史を体系的議論から解き放ちながら、サイケデリアの土着性とハードロックの非継承性を論ずる。主要1000タイトル、20年計画、週1回更新のプログ形式。
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感動を新たに…

冬ってこんなに寒かったっけと云う思いとようやく冬らしい寒さが訪れたと云う思いが交錯しながら、やはり冬が寒いと身が引き締まってよいと感慨も新たに…冬に山間部に雪が降ってこそ日本の農業は豊作へと導かれるのだから…山の雪解け水の鮮烈な冷たさが懐かしく…自分の意識に、ビッグバンの宇宙背景放射のように余波を与えている感動は既に何度も書いたが主に二つ、一つは風立ちぬで、もう一つは2016年?の紅白歌合戦での宇多田ヒカルの花束を君にの歌唱であったが…日本国内で小賢しい演出や衣装、人気に浮かれた華美な状況に対して…遠くロンドンのスタジオから誠に簡素な装いで己の歌のみを届けた宇多田ヒカルに日本人の浅ましい虚飾はばっさり斬られた訳だが、斬られた事にも気づかない愚民ばかりだから現今の救いがたい政治状況を呈している事は兎も角として、さすがに何度も見たせいで記憶された感動は薄れつつある風立ちぬを補うようにして、私とは別の意識で宇多田ヒカルのCDが欲しいと云い始めた細君の提案に乗っかるようにして、それならば花束の歌が載ったものにしようと云う事で、あの感動から数年たった数か月前に購入したのが「ファントーム」であった。其の結果、畢生の名曲「花束を君に」も当然含めて殆どの楽曲が凄まじくよくて…一言で云えば、感動を禁じえなかった…完全に実存を身に付けたから、何を作っても感動を禁じえぬ完璧な仕上がりで、世界に対する生命の永劫回帰がむき出しで活動している芸術の真骨頂を、セールスでの成功に規定されたポップスでやり遂げる至難の技…無論、本人の並々ならぬ努力の賜物とは云え…今此の瞬間に存在しないかもしれないが存在しているが存在しないかもしれないが存在していると云う実存でしかない生き物、つまり死にゆくものでしかない生き物への、世界と生き物の側に立った深甚なる悲しみと慈しみ=慈悲が通底している…ファントームに収録されたアルバムの中の幾つかの佳曲を思い出すだに感動の滂沱の心涙がとめどなく…其れで、しかし、一方で数奇者でもある小生は、要するに、「ヒカルの実存をもそっとワシに聴かせろや」とでも云った、いぎたなくメタフィジカルな欲望を駆り立てられ…宇多田氏は完全に実存を身に付けたのだから絶対に次のアルバムもよいに決まってると踏んで、最新アルバム「初恋」も入手し聴取に及ぶと…これまた期待に違わずどころか圧倒的に上回るほど、感動を禁じえなかった。自分でもよく分からない涙が溢れる、と云う表現はよく聞くが、小生の場合は、自分で其の意味がよく分かっている涙が心に溢れるのであった…其れで、今度は、過去にエヴァンゲリオンの劇場版に宇多田氏が提供した楽曲が、映画の世界観とも相まって非常によかった事も思い出し、其の曲「ビューティフルワールド」を収録したアルバム「ハートステーション」もこの程入手したのであった。此のアルバムはファントームの前作にあたる。すると、此れも予想していた通り、はっきり云って論評に値しないレベルであり…宇多田氏が全然実存を身に付けていないがための、自己の限界に自らも辟易しているような迷作駄作…曲の展開も、アレンジも、歌詞も歌唱も皆、月並みなポップのレベルには達しているが、裏を返せば其の既定路線をなぞっているだけで、要するに何もかもおざなりの無思考に陥っている…意中の曲のビューティフルワールドは悪くはなかったが…凡百のポップ歌手と違って賢明な宇多田氏だからこそ自己の限界を痛感していたのだろう…ハートステーション発表後、所謂人間活動と称する活動休止期間に突入するのもむべなるかな。其の間に、常軌を逸しながらも自らを導いた母親藤圭子の自死や自身の再婚、出産と云う経験に立ちながら、当然、世界と音楽の実態を真摯に内省し続けたに違いない…生命の死と誕生を間近にする過酷な経験を通過した者が皆実存を覚醒する訳ではなく、斯様な過酷な体験をありふれたものにして実存から目を背けて愚かなままの者が大半なのだから、宇多田氏の不断の思想的努力があったればこそ覚醒したと云うべきだろう…其の結果、八年もの沈黙を破ってファントームを作成した実存過程が小生には手に取るように分かる…デビュー当初は其れなりに和製R&Bと云う事で画期的だったものの、其れ以降は自身が確立した歌い方に漫然と乗っかって歌う事しかしてこなかったのが、ファントーム以降、その都度楽曲ごとに真新しく完全に自分の足で立って歌を歌う事が出来ている…其れに伴い、必然的に実存を開示する詩的効果を天衣無縫の囚われなさに至った自由度の高い語彙と確信的に的確に実存を言い当てる言葉の選択が生き生きとした歌詞世界を披露するし、当然曲の方も、鮮烈な転調や展開をものともしない創意工夫が自然でさえあるし、アレンジも控えめさと大胆さがきめ細かく工夫されており…聞けば聞き程味わい深く…世界内存在に規定されながらも存在了解によって実存が隠蔽された現存在を生きている感じがする…要するに、国家と経済の原理が息詰まりを呈して困難を極める人間の現在を生きる事が肯定的でしかない生の謳歌、キラメキと、其の深い悲しみと…ハートステーションとファントームの差、つまり実存の獲得の有無で斯くも段違いによくなったのが、最新作初恋では更なる深化を遂げており…感動を禁じえなかった。強いて云えば宇多田氏に足りないのは笑い、ユーモアであろう…悲劇よりも喜劇の方が難しく、且つ闇自体が光る強度は強いものだと思う…光を見続ければ闇が見えるし、闇を見続ければ光が見える事については当然知悉しているだろう…だからこそ光と闇の認識論を超越した笑いに着目し、深刻の度合いを増した初恋の中で「こりゃなんだーコリアンダー」と云うオヤジギャグに打って出て見事にスベる寒々しさを提案したのも、宇多田氏が次なる活路を見出すためのもがきであったと思いたい。笑われるのではなく笑わせる真の女性芸人は其の困難故にいまだ居ない。話は変わるが…手塚先生の「アドルフに次ぐ」で特高から取り調べを受けるゾルゲが「私は国際共産主義者である」と告白するように小生も告白しよう、私は筋金入りのインテリゲンチャである、と。大衆の気持ちが分かるふりするために自らをインテリゲンチャであると規定する事に臆する典型的なインテリゲンチャの見え透いた欺瞞が通用するほど生ぬるい世の中ではないだろう…どう取り繕ったところで自分は一流ではないにしてもインテリゲンチャである事には変わりないのだから…まあ漫画のゾルゲみたいに泣くほどのことではないが…気持ちが分かったり分からなかったりする他者との関係が問われる社会との格闘から逃れられないのだから。

次回は1月10日です。

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