「巨人の応援テーマ」
「耳を澄ませど漆から音は聴こえず」
またしても鑑定団二本立てを続けて視聴せざるを得ず…無茶苦茶眠いが無理して見ている…其れにしても何だ此の美しさは、と、血反吐が出るほど其の瞬間に仰天を余儀なくされたのは、物質というものとの生々しい邂逅を見たからであって…かねてより発注していたど銅粉がようやく到着、さっそく銅継ぎを試してみたのであった…対象は、先週紹介した、岩国は錦帯橋での骨董市でお助けした源内焼緑釉二枚一組皿…見ているだけで頭がおかしくなりそうな、珍品というよりも畸形、としか思えない、考え出したらおぞましいばかりの物品である…真贋は不明、だいたい2枚の皿を、成型段階で明らかに意図的に合体させるという目論見の前衛性が江戸時代後期に有り得たのか、しかし源内先生の事だからそれくらいのぶっ飛んだ所業に討って出ても不思議は無し、たとえ偽物だとしても此の畸形此の創意に悔いはないと思わせる奇跡の品であった…
しかし、よく見ると皿の縁が所所大きく欠け、水で洗いながら擦ると其の断面に塗られた安手の塗料が水溶していくという、どうやら緑色の水彩絵具をちょちょっと塗って欠けを誤魔化すという性根が腐りきった繕いを施されていたのであった。絵具がとれた後に見える胎土はどうも白すぎて偽物である事が濃厚なのには目を閉じるとして…前回、金で其の欠けの断面を繕おうとしたら別件の金継ぎで所有していた全ての金につぎ込んでしまい、此方の源内焼にまで回らなかったのが僥倖でもあったと云えよう。此れだけの断面に金粉を敷こうとしたら結構な御値段となる、其処で、金にこだわる必要も無し、すかさず銅を思ったのであった。無論、経時変化によって程よく酸化して、初期のアカガネ色が、器の緑釉に馴染む緑青色になる事を狙ったのは一介の数寄者としては凡庸ですらあった。朱顔料と朱合漆、そしてテレピン油を練って患部に塗り、一時間ほど生乾きにさせて銅粉を蒔いた其の瞬間といったら…錬金術師の悦びもかくやと驚喜させて余りあるほど…純度99.9%の銅そのものが持つ、あの、銅としか言いようのない確かな金属光沢、あの物質感が刃となって鮮烈に顕現、直接小生の心の臓を貫いたのであった…正直言って、金なんかよりもはるかに此の銅の光沢の方が美しい…金は土そのものの光だが、銅は肉そのものの光と云えようか。野上弥生子「秀吉と利休」で、介錯された利休の首の、盛り上がって白い頸椎の芯を取り囲む肉断面を花の艶か何かに喩えていたように記憶するが利休の頸椎の断面を盛り上がって包む首の肉の断面は赤銅色に輝いていたに違いない。取りあえず銅粉を蒔いただけでまだ半乾きの状態で未完成だから目の効く人からすれば杜撰さが目に付くでしょうが、これから、余分にはみ出た処を削り取ったり金属表面に磨きを掛けたり、と、仕上げの作業は残っている、という事を留意して写真を御覧いただければ幸甚です。ちなみに食品への接触があまり好ましくない銅を用いたのは、欠けた部分が器の縁であり、且つ、此の皿が茶会などの折にせいぜい生菓子を置く菓子器を用途としているためで、縁に口を付ける汁物用ではないからである。
放射線は出ないが赤銅の美しさに潜む毒の光にあてられて…色々あるがそれらについて先鋭的に突っ込んだ事を書く忍耐が今日は衰弱…最早看過できぬ程劣悪化が激しすぎる社会状況…①草の根のファシズムにおける、小生が今後警鐘する予定の、「純正全体主義」としての「新社会主義」、②其の基幹先兵たる、此の国に蔓延る「新家族主義」の、ありとあらゆる機会、ありとあらゆる媒体に付け込んでくる、これでもかとばかりの卑しい、いやらしいプロパガンダ攻勢も具に書きたいが後日に(「絆」とか)…④そうした純正全体主義、新社会主義、新家族主義の底辺では戦前の抑圧移譲の原理が現代に蘇った「虐待社会」が根付いて…(月20万円取る老人ホームでの嘲笑的虐待、コンビニ店員やタクシー運転手への土下座要求や運賃強奪…客と店という経済的階級差に付け込んだ…決して権力を持った「上」には向かない、下へ下へと虐待する人間としての誇りの欠片も無い卑劣が公然たる惨めな民度、底辺での足の引っ張り合い…)、⑤国家、民間があうんの呼吸でプロパガンダする「新家族主義」の底辺の実相では家族間殺人事件が横行する手の付けられなさ、親が子を殺し、子が親を殺し、が絶えない「人間」の勃発…⑥津山での修学の成果も書かないといけない…
辻褄合わせに、漆から音が出れば此のブログの趣旨に合うから耳を澄ませても漆からは音は聴こえなかった、しかし、此れも一つの発見である。戦時中のスローガンの頻発に勝るとも劣らないスローガンだらけの政権安倍…一億総活躍…活躍と云うのは国家に対する忠誠という意味なのは明白…反吐が出る…政権安倍の、国家総動員翼賛報国体制の宣言…上から目線で大衆を慰撫するようにゆっくり噛んで含むが如くに会見する首相安倍…プレゼン担当の議員世耕の指導でしおらしく練習した成果なのだろうが…最近はますます新興宗教の教祖然として薄気味悪さが増している。宮崎の八紘一宇の塔…歴史的経緯を知った中国人団体が問題視…塔の一部になっている、旧皇軍に略奪されたとする石の返還要求…一億円賠償請求という話も出て来て…劣悪化する国家間、国家内情勢がどんどんぐずついて如何ともし難く連鎖緊迫し合いながら、大きな体制からこうした一見些細な事柄にまで波及、現象としては末端のそうした小さな火種からいつ暴発してもおかしくない網の目の連鎖状況…きれいなジャイアン金正恩の肉声…甲高い声なのかと勝手に想像していたが、実際は、喉の閊えた感じの、低いしゃがれ声。小生が警鐘したい「新社会主義」という用語で懸念される誤解を一先ず解消しておくと、此の語は、当然ながら想起される、共産主義や資本主義に挟まれた、双方から修正主義と揶揄される類のいわゆる「社会主義」でもなければ、70年代以降の「新サヨク」とも異なる、とは云っておく。骨太国鉄漫画「カレチ」の池田邦彦氏の新連載「甲組の轍」も面白い…戦前戦中の国鉄をきっちり描く本格派。拍手とコメントくださった方へ、この場を借りて御礼申し上げます。
「車輪付き旅行箱のガラガラ音」
鈍器で殴られたような眠気に吐き気すら覚えつつ眠るのも体力が要る老いを痛感しつつ眉間に皺を寄せて昼寝に成功した直後に付けたテレビではガンダムの新シリーズ鉄血のオルフェンス、朝っぱらから無理矢理プリキュラとか強制視聴させられて昨今の、テレ東以外の地上波で垂れ流されるアニメの劣悪ぶりに辟易、こんなの作ってて製作陣は楽しいのかと疑念を抱かざるを得ないのだがさすがにガンダムの新シリーズは気骨に溢れ、製作陣の熱意が伝わる、鑑賞に堪える出来栄えであった。昨日は、いささか不便な処にあるが潰す訳にはいかないから月に一回は訪ねようと思っている良心的な、書肆というものをよく分かっている品揃えの古本屋景雲堂まで歩いて行った疲労や思いの外金継ぎにてこずる羽目になった苦悩、昨日の対ヤクルト戦、4-1でほぼ勝ち試合だったのを8回大瀬良が炎上してその後の中継ぎも傷を広げるばかりでまったく駄目でまさかの逆転負けという、これまでも一抹の不安要素の残る投球内容だったが此の重大局面で明白なる戦犯を演じるという現実への頭痛…技術は兎も角メンタルが弱すぎる大瀬良もさることながらその後の中継ぎ陣のメンタル&技術の両方の弱さは本当に使えない感じがありありとしていて中継ぎ陣への絶対的不信感と云うシーズン当初から引き摺る此のチームの宿あが此処に来て…先発への負担が大きすぎる。あ、今日の対阪神戦では6-0で快勝、9回途中まで先発黒田を引き伸ばす、大瀬良は使わないと云う当然の監督采配…今回も、男気あわや完投の黒田で9回2アウト1,3塁のピンチから交代してきっちり抑えた肝の据わった勝負強い中崎への尊崇の念が否応なしに高まる。
虎視眈々と狙うは金継ぎならぬ銅継ぎであり…岩国の骨董市でお助けした源内焼…二枚の皿がシャム双生児みたいに繋がっていると云う有り得ない珍品だが…緑釉の縁が所所欠けた箇所を緑のマジックみたいなので誤魔化してあったからそこの処を漆で補修して銅粉を蒔く、という目論見…銅粉は入金済み、後は先方からの入金確認と発送待ちなのがもどかしい…銅を蒔いた暁には時が経つにつれて味わい深く緑青を吹き、緑釉と馴染む事だろう…何にしても矢張り金は高価だ(金粉は0.1gで1000円ほど、銅粉は25gで240円)…痛恨のしくじりはファイヤーキングの耐熱ガラスカップ…体の内部から真珠のように自光するが如くのルノワールの裸婦の肌色を呈しており…しかしお助け前からなのか、それとも小生が輸送中にやってしまったものなのか取っ手に罅が入っており…それを補強すべく接着剤を罅に回し掛け、欲が出てもっと掛けてやろうとしたら案の定垂れて見苦しくなり、漆の余分な部分を除去するのに実績のあった、つまり器の釉薬を傷つけなかった水ペーパーで垂れた接着剤を取ろうとしたらルノワールの肌が傷だらけで色気ある艶を失うという失態へ転落…これを挽回するためにもまた漆と金で補修しないといけない…来週は忙しくなるために今日は先日施した金継ぎの仕上げ…色々と思い当たる技術的しくじりのせいで結果として艶の無い、もしゃもしゃした仕上がりになってしまったが鯛の牙で磨くとよいと文献にあったから、小生はその昔入手した、岩手に打ち揚げられたという抹香鯨の牙で慎重に擦ってみると金継ぎの金がいかばかりかの艶を獲得するという発見は自分にとって快挙であった。金と云う物質はそれ自体だけ想像すると派手で、ともすれば下品な印象を持ちがちだが其の物質と対峙してみるとさまざまな取り合わせによってはどっさり豪奢に侘びた印象を放射する…
津山への一泊旅行とは云えど覚醒中に過ごした時間は圧倒的に移動に費やした時間が多く…と云うのはそもそも計画を立て始めた発心は津山が目的ではなく中国地方山間部の在来線完乗の一環、であった。行きは在来線で山陽本線で岡山経由で津山線にて津山駅まで…その日は津山を観光して一泊、帰りで本望を果たすべく…津山から新見、新見から備後落合、備後落合から三次、三次から最寄駅まで在来線、という、ほぼ半日ほど電車に乗り継ぐという苛酷な旅程…旅の途中で気付いた事だが小生は尾てい骨に罅が入っているから長時間椅子に座れないという持病があり…此れは小学生の頃、河原と云う名前の、母親が生け花の師範代を自宅で営業している同級生によって何の配慮も無くカンチョーされ、尋常でない疼痛のためレントゲン撮ったら先述の結果で二か月体育を休むことになり、今でも長時間椅子に座ると痛むという形で引き摺っており…恐らく当時流行っていたコロコロ系の御下劣少年漫画の影響なのだろう、医学的施術である「浣腸」ではない、遊び半分で両人差し指を合わせた印を結んで油断した他人の肛門目掛けて力任せに突っ込む、いわゆる「カンチョー」であって、此の馬鹿げた、しかし其の結果は笑えない、下らん子供のおふざけによる被害を未だに引き摺って生きていかなければならない憎悪と惨めを思い起こしつつ…充実した疲労ではあったのである。
特に、新見~備後落合~三次間の、谷底はるか下に清流が小さく見える崖っぷちのヘリを、最徐行で恐る恐る走る、というよりか歩くスピードの電車一両…其のスリルは乗らないと味わえない貴重な価値があるが保線への不安というのは実際恐ろしいものである…すべてを確認した訳ではないが護岸工事がなされている訳ではない、草木が茂るだけの崖の中腹を僅かばかりに平らに削っただけの線路用地なので、幅数メートル足らずの其れが崩れたら車両ごと谷底に真っ逆さまなのが恐かった。ダイヤは極薄、電車を一本乗り逃すともう終わり、その日中に家には辿り付けないという、失敗が許されないミッションのスリルも合わせて…かつての鉄道交通の要衝を彷彿とさせて広大なる引き込み線の数々が今は昔の備後落合駅は、撮り鉄と乗り鉄の一大ターミナル駅として奇妙ながらも、昔日とは異なった賑わいを見せていた。最終的にはミッションは成功、尻を痛め腰砕けになりながらも無事へとへとに充実して家に着いた。途中下車した新見駅で昼食を取ったが…駅前の、ほどよくこってりと如何わしい内装と雑貨で脂ぎった定食屋で御当地焼き豚丼を頂く…旨い。津山もそうだったが、この辺の山間部は肉ばかりである。
最寄駅から家までのキツ過ぎる歩き…後ろからゴロゴロと耳障りなのは、どうせ国内旅行の2、3泊のくせに、名称を忘れたが、車輪がついた旅行用の箱をガラガラガラガラと、小生らと帰路が重なったらしい二人の他人男女がいつまでも引き摺っており…舗装の悪さ、古さも手伝ってやかましく…数週間の海外旅行であの箱を使うのは受け入れるがどうしてたかが数日の国内旅行であのガラガラ箱を使うのか、周囲は迷惑先般であり…と、ここで、近くのマイルドヤンキーが窓を開けて涼みながら下卑た事を無神経な大声で喚き散らすからイラツキが針のように劈く…此のマイルドヤンキーは毎晩、夜間になると辺り構わず此の人種特有の酒と煙草で痰が絡んで粘ついてしゃがれた濁った甲高い声で大声で喚きまくったりテレビの野球中継に反応して手を叩きながら喚き散らす猿なみの知性で傍若無人の狼藉の限りを尽くして目に余るにも程がある…奴が風邪をひいたのも分かるくらい痰の絡んだ大仰な咳が聞こえるのも本当胸糞悪い…此のマイルドヤンキーの馬鹿声に触発されて近所の馬鹿犬も無駄吠え連発。最近はテレビの音量をどんどん下げているほど、音への感度がびんびんに過剰になっており、マイクがハウリングする要領なのか頭の中でキー―――ンと、いわゆる耳鳴りも頻発するようになって…だからあの旅行箱のガラガラ音や近隣の騒音にはもう本当に我慢ならない憤りでむしゃくしゃする。マイルドヤンキー論を展開すれば今夜は眠れないほど大著になるので割愛するが…マイルドヤンキーと云う用語が作られる以前に小生が開陳したジモヤン(地元ヤンキー)実録「俺の見たジモヤン」を参照していただきたい…かなり昔に書いたので若書きの感は否めない。
写真下手で実物の凄さを写せなかったが…淡青の漣が静かに打ち寄せる斑唐津の猪口…見込みの底が罅割れて汚物が堆積して使用に堪えなかったから、底を砥の粉漆で埋めて、水ペーパーで均して朱合漆を塗って金粉を敷き詰めてみた…酒を満たせば、水底に満月が揺らめく風情…
「ジュンテンドーのテーマ」
ストレスという外来語を日本語に翻訳すると何なのか鬱屈、鬱圧とでも云うべきか腑に落ちないがどうにもストレス、イラツキを溜めながら野球のテレビ中継を見るともなく…12連戦、8勝4敗くらいなのかと希望していたらまだ一勝…連休明ければ安保法制の報道は下火、辛うじて小規模のデモは持続されていると云う彼らの意志は立派であるにしても強行採決してしまえば後は参院選まで経済政策という餌をばら撒いておれば忘れっぽい愚民の票は得られるという見え透いた思惑の、しかし此の国においては惨めなまでに確固たる其の有効性たるや…連休明ければ報道の蓋を開ければ北斗晶の乳がん手術と失楽園で脱いだワイン女優の胆管がんによる逝去報道(気の毒ではあるが正直どうでもよい…)、あとは個別犯罪殺人の…所詮は個別的事件でしかなく国家の大局を揺るがすに足らぬ瑣末が賑わうばかり…このようにしてほとぼりの冷めた顛末の惨めを噛み締めつつ此の現時点で安保法制反対論者たちに云い置くべき事は、何にしても、「遅すぎた」と云う事である…
此度の安保法制の顛末…そもそも、政権側は国民側にそれなりの誠意を見せているというか筋を通していると認めざるを得ないのであって…我々は固く思い出さなければならない。去年、政権側は、まず護憲派の内閣法制局長官を更迭して傀儡の長官に挿げ替える、という一手を差した後、多少は子の公明党が駄々こねて抗う姿勢を示すが結局親の自民党の云う通りになるという茶番を演じた後(軽減税率に係る一揉めも結論ありきの茶番。公明に自論を自民に押し通せる気概など無いのは自民に徹底的に見透かされて)、去年の2014年5月14日の閣議で以て憲法解釈変更による安保法制整備が決定されているのである。牽強付会の感はある不可思議な事例を以て集団的自衛権容認を含む此の法案の内容は当時広く報道され、それなりに物議を醸したが国論の二分を迫る程問題意識が先鋭化される切迫感は皆無であったのである。そして去年の2014年12月14日、野党が騙し討ちと称して政権を獲る気の無い杜撰な己の油断の言い訳する見苦しさを呈した、まさかの、しかし周到なる衆議院選挙に首相安倍が討って出たのである。そして安保法制は今年の2015年9月に成立している。この政治日程は決して忘れてはならない。
選挙の争点は首相安倍曰く、確か、消費税を8から10%に上げるのを延期した事に対する民意を問う、という不可思議なもので、国民としては延期する事に大した反対はないのに何故、という狐に摘ままれたような理屈だったがそれはともかく声高に吹聴された争点は経済対策、ではあった。しかし選挙に際して公表された自民党の政権公約には、確かに、「安全保障法制の整備」と、小さい字で明記されていたのである。従って、自民党は、きちんと、選挙前に、安保法制をやる、と云う事を国民に広く公表するという、筋を通しているのである。「でも、あの時は争点が経済対策で、安保じゃなかった」などというのは選挙民としてあまりに甘えた、主体性の欠如した怠惰としか云わざるを得ない。与党の戦略に乗っかるマスコミが騒ぎ立てる情報だけを鵜呑みにする、主体性なき愚民であると自ら札に墨書して首に掛けて街を歩いているに等しい。契約書を隅々まできちんと読まなかった、あるいは読んでいたけれどもさほど重視しなかったのが悪いだけである。なぜならば、自民党はきちんと、「選挙前」に、安保法制整備について閣議決定したと公表しているからである。此れは事実である。従って、自民が選挙に勝って衆議院で自公合わせて3分の2以上の議席を確保すれば、選挙後、直ちに「安保法制の整備」に入るのは必然である。世論調査によると今回の国会での安保法案成立には6割が反対しているらしい…従って、前回の衆院選で、自公が選挙戦略で何を喧伝しようともあくまでもそれぞれの国民自らが安保法制をきちんと重視しておれば、自公の議席は半数に満たない可能性もあったわけで、安保法制阻止もあり得たのである…しかし結果は自公が衆院で多数を占めたのである。だから、自公政権としては、安保法制に対する民意が示されたと解釈する道理は確かに存在する。従って、安保法制反対論者たちは…反対運動を盛り上げるのであれば、当然ながら先般の「衆院選挙の時」に、国会前デモでも何でも実行すべきであったのである。しかし実際は、「その時」に大規模な運動が展開される事はなかった。それどころか、法案成立に腹の据わった自公が絶対多数の国会で法案成立させる「直前」になって慌てて駄々を捏ねるが如く反対運動するという稚戯の体たらくであり、政治的有効性は皆無なのである。せいぜい、遅まきながら、スポーツで云う処の「次につながるプレー」とでもいうのか、政治的問題意識を喚起し行動する事の重要性を世に知らしめた事は特筆に値する…
過ぎた事を云っても仕方がないのであって、安保法制反対論者たちは此度の始末を猛省し、次の参院選では実効性ある運動展開しないと、政権は、とことんまで有権者を馬鹿にした政策を繰り出して憚りないであろう。子供でも分かる事だが「衆院選の後、参院選の後」では後の祭りなのである。既に此度の事で此の国の有権者のちょろさ、愚かしさが露呈したのである。既に、安保法制論者たちは、此度の事で、自分らが守りたいものを如何に守るかという素朴な意味での安全保障という事に対する甘さを自ら内外に露呈した事になっているのである。唯一有権者が政治的効力を発揮しうる選挙の直前に、政権が公表している事に対して即応出来ず、選挙の後の、与党が絶対多数で有権者としては外野から手の打ちようのない法案成立直前の時期になって、純粋に方法論的意味において駄々を捏ねる程度しか効果はないデモ展開を弄するという、寝ぼけたしくじりは最早許されないだろう。
時期的にそろそろ仕上げないとこれからどんどん寒くなるので今年中に出来ないという危惧があって上塗り用の朱合漆と金粉、朱の顔料を購入…夏場に、砥の粉漆で罅割れや欠けを修理していた器の数々…朱と所定の漆を秘伝の配合で練って、その上にこれまた秘伝のタイミングで金粉を蒔いて仕上げないといけないので本日、そういった金継ぎのハイライトを実行に移す…思いの外修理待ちの器が多くて金粉が足りなかったのも出てきて、且つ、これまでは器一個ずつと湿らせたタオルを茶碗用の桐箱に入れて漆の架橋反応を進めていたが今回はいっぺんに多くの器を仕上げたから漆を乾かす風呂もないから部屋で自然反応を待つ状況でうまくいくか不安…温度はいいが今日は天気がいいので湿度低し…うまくいくのだろうか。夢中でやっていたら漆が直に手に着き、大急ぎでテレピン油⇒界面活性剤を使う順番で落とす…今の処痒くない。なんだかんだで噴火したくなるような熱い興奮と充実感に見舞われる日曜日の昼下がり。
ホームセンターのジュンテンドー…店内に入ると時折、此の、自社のテーマソングがかかっているが…此れが思いの外悪くないばかりかなかなかに聴かせる楽曲である。初音ミクほど電化されていない、恐らく20代前半の女子の、これ見よがしな歌の上手さが鼻に衝くほど玄人がかってはいない即ち素人風情の生声に多少電化をかけて中性的に均した耳触りの良い歌声…曲自体も、たとえばナカタヤスタカであるとか、そういった当代きってのポップ職人の手になるを想像させる出来栄えで、企業ソングに要求される、思わず頭の中でルーティンさせてしまうような心憎い作りであって、酒で云えば飲み飽きない淡麗水の如しとでもいようか。AメロであるとかBメロであるとか、そういったくだらん概念で構成された音楽など歯牙にもかけなかったつもりでいたが、此のジュンテンドーのテーマソングは露骨にAメロBメロなんだろうけれども爽やかに購買意欲を掻き立てる。此の曲は近々ブレイクするのではないかしらんと数年前から小生思いを寄せていたところ、去年の年末、大掃除シーズン、ジュンテンドーは矢張り自信があるのか、此の楽曲を前面に出したCM展開を繰り出していたが…今の処人々の耳目を集めるには至っていないとは云え…なかなかの佳曲であると推したい。連休中に津山に旅行したが…来週、その事に少し触れたい。
中秋の名月には間に合わなかったが…今年は何とかして御月見などしてみたいものだ。しかし場所が無い…自宅だと夜間窓を開けると階上のマイルドヤンキーが下劣な大声を上げているから台無し…
「城ミチル/イルカに乗った少年(2015バージョン)」
台風一過、快く涼しい風、気持よく澄んだ青空…鬼怒川や宮城での決壊、水没映像の広範囲…収穫前の田畑が思いやられて見かけ倒しの沈痛しつつ実際には第一義的には他人事でしかなく…泥水に映る青空から突き出た電柱や電線の束の写真がまるでエヴァンゲリオンの絵…小社会的に追い詰められたシンジとの野性剥き出しの激闘の末に静止した使徒の遺骸が大きく転がっていてもおかしくない…また此度の災害も国家財政を圧迫するという間接的影響を先取りして鬱屈、加えて、除染作業で溜め込んだ草やら土の袋詰め群がそのまま洪水にごっそり流される、という深刻なニュースがさらっと流されて金輪際其れに触れられる事の無い此の国の翼賛深刻状況が毎日更新、相変わらず安保に関する世論調査は大々的にマスコミで公式に発表され続けられるが肝心の労働法制に関する世論調査は自民党経団連結託によって徹底的に一切秘匿されたまま衆参両議院で遂に成立、という、国民へのこの上ない侮辱がまた、大した事でもないかのように過小に流される事への、歯噛みする怨念冷めやらずとも…一方で此度の水害がまたぞろ、例の自粛強制ムードを蔓延させるならば、其の内容はどうあれようやく自立した政治的意思を持って個々人が立ち上がったという意味では其の火を絶やすべきではない安保反対運動に冷や水が掛かる可能性がある限り、安倍翼賛政権にとっては此度の水害さえも僥倖とも取れるのであって…その実、ありがと兎による自粛ムード再来とまではいかなくても、水害放送によって、安保法制成立のエックスデーを間近に控えた此の時期に、安保関連の放送と運動は下火になった感は否めず…此の翼賛政権は良くも悪くも運さえも味方に付けた感は否めないからますます憎らしい…私的にも色々あったから殊更に運気という事を思ってしまう…
私事ながら小生の重荷になっていた、小生の人生にセットされた比喩的時限爆弾…結局、いったん解除された事が判明して胸を撫で下ろす…あらゆる手立てをこうじていたし、取り越し苦労に済んでよかったとは言え、本物の比喩的時限爆弾と云うものは己が予測しうる範囲の外から唐突に飛来する他者性を有するはずであり…それは兎も角として解除された祝杯も込めて、柄にもなく、たまにはこういうものもいいかと思って、細君とフランス料理のランチコースを食しに行く…飲酒を見込んで電車で向かう…内陸の田舎の駅に降り立つ…まず目を引くのは駅前の、小汚いえげつな系の古道具屋…以前から気になってはいたが通り過ぎるだけだった此の御店…しかしそちらに吸い込まれる訳にもいかず後ろ髪引かれる思いで予約したフランス料理店まで歩く…荒んだ小規模事業者が野原に放置した錆びた産業機械やうらぶれた空家しかない草深い小道を行くと、明らかに店舗らしき、古びた丸太小屋の建屋の裏が丸見えなのだが、食材を運んだ段ボールの空き箱や空き瓶などが小汚く無造作に詰まれた中で白衣の店員らしきが煙草一服中という油断した様が剥き出し…予約の時間より早めに着いた小生らもあれだが…入店してすぐ右側は、元々客席だったはずなのに、今はシェフたちが空き時間に寛ぐ空間に使われているようだが…その一角はスポーツ新聞や週刊誌の束や計算機や帳簿がテーブルの上に山積みの奥でテレビで野球観戦という、だらしなく油断した感じのシェフ…慌てて客席に案内される…店内はなかなかよい雰囲気…飴色を帯びたウッディな内装、昆虫の翅を重ねて作ったような、歪んだガラスシェードのランプの古格…割らずに横から切断しただけの太すぎる丸太が黒焦げのままどかどか突っ込まれた暖炉など…雑木林に続く芝生の庭がよく見える窓際の席…音も無く小雨も降って、モミの木の根元に淡く繁る萩の花がこぼれんばかりの秋の風情…英国調の木組みの椅子の座面の座布団に白髪がこびり付いていたのは気になったが…久しぶりに、カトラリーや皿がきちんとセッティングされた状況に気持よく背筋が伸びる…皿も悪くない、ハプスブルク家やロマノフ王朝の偽物みたいな金彩と瑠璃釉の…料理は皆美味しい。小生は山岡ほどの美食家ではない、誠実な居酒屋料理で十分満足する程度だから、手の込んだ料理の数々に十分満足する…前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザート、珈琲という一連の中で、魚料理の、舌平目のムニエルに焼きナスをすりおろしたソースが玄妙である。オレンジソースのクレープも絶妙であった。覚悟していたものの思いの外お値段が痛いのは、ワインのたのみ方をしくじった余計な出費も悔やまれるからで…初めは場にうろたえてグラスワインにしたものの料理の旨さにつられてあっという間に飲み干してしまい結局ハーフボトルのワインを追加注文するに及び、初めのいささか甘ったるいグラスワインは余計だったと。大いに気に入って店を後にして件の古道具屋に顔を出す…陶磁器は少なく、どちらかと云うとえげつない、下品なガラクタ系が所狭しと…トーチを掲げる木彫のエロ過ぎる裸女であったり海亀の剥製が二体ほど店先に野ざらし、小生好みとは言え、ぐずついた雑多な物品に埋もれる店主の態度は何処か高圧的…話を聞くと、野球の指導法に関する自著があるらしく、積んである著作物を示され…それが第7刷である事をすかさず自慢してくる…元東映フライヤーズ、元瀬戸内何とか高校野球部監督、という肩書、それがどうしてこんなさえない駅前でえげつな系のいかつい古道具屋を…床に放られた隕石とか月の石とかいう胡散臭い物品をしきりにすすめてくる…小生は、琥珀色に古びた、挽き細工の天目台と、裏に、彫った痕に金箔で太極図を描いた枕形の淡緑石の文鎮が気になったが、折からの満腹と引き締まった財布のひものお蔭で何もお助けせずに帰途に着く…寄せ集めればさほどの量でもないように思えるフランス料理だが温かいパンを千切って食べる度になすり付けるバターひとかけが思いの外胃に溜まるのである…その日はそのまま街に繰り出して細君の日傘探しに付き合って歩き回り意中の日傘が見つからぬ徒労のまま脚は棒、へとへとで帰宅し、食い慣れぬものを食べたせいかイタチ一匹分ほどの下痢で全部出してすっきりという顛末。ほろ酔いもすっかり醒める。
既に心の方は解き放たれていたかもしれないがいまいち区切りがついていなかったようだが…既に、手持ちのCDを聴いて何ぞ論ずるというスタイルに閉塞するのには心底辟易しており、そうした枠組みにとらわれず、折々の生活の中で自然に聞こえた音への思いが強くなっているから…これからはもう、手持ちのレコードやCDを聴いて書く、というスタイルを墨守することはないであろう事を此処に宣言したい。数か月前の事だが今年、テレビで、城ミチルが往年のヒット曲「イルカに乗った少年」を生放送で歌っていた…プールの前で熱唱する童顔のまま老いたミチル、その後ろを、よく調教されたイルカたちが次々に超絶の曲芸を繰り出しながら、という気合の入った演出もさることながら、楽曲自体が思いの外凝っているように聴こえて先が読めない…複雑に差し込まれる電子音もピンピコポヨ~ンとすかさず飄逸脱力、其の音色も意外に古格を帯びて…例えば、数十年前の雑誌の電機製品の広告欄など見ると、「インターメディア」、「マルチプレイ」、「ファジー」などといった今では死語の、力のこもった言葉が最先端の装いで近未来に前のめりになっており、其の尖りが今となっては鼻白むほほえましさも禁じ得ぬという事がままあるが、そういう、古色を帯びた電子音が艶っぽく生生しく再現されて、短い時間ながらも聴きごたえのある佳曲であったと記憶したい。ミチルとは関係ないが島津亜矢という演歌歌手…いわゆる歌唱力はあるのだろうがどうにも情感に欠けるから大声張り上げるだけのうるささが救い難い。以上の文章を、珍しくテレビでやっていたウエスタンリーグの、つまりプロ野球の2軍の試合を視聴しながら、同じテレビ画面の右端と下隅に、データ放送で一軍の試合経過を示させつつ、一軍の試合の実況をラジオでも聴取しながら、即ち情報過多の状況で書き急いだ。
いく夏を惜しんで
雲の山山を乗り越え海苔の味
「私設応援団/丸のテーマ(20??)」あるいは不穏Ⅳ
数週間前から煩悶の種になっている、小生の人生に仕込まれた比喩的時限爆弾…その爆発への諦念と恐慌の交互の勃発の振幅が矢鱈に鋭く激化する日々…とはいえ小生の精神の大勢としては沈んだ諦念へと収まりつつあった処へ、そのような天命へ殉ずる平安を真っ先におちょくるような事実が此処に来て発覚し…時限爆弾の事をふと身近な人に独りごちると、其れが爆発する確率を大幅に減らせる手続きの事を教えてくれたりして…早速其の手続きに走るが、しかし時既に遅し、其の手続きの効果が発揮されるのは遅くて10日後とあり最早手遅れとなった可能性が濃厚…もっと早く、数週間前から相談すれば爆弾が爆発する確率は現段階では大幅に減らせていたのに、最も其の爆弾が爆発する確率が高い来週において其の手続きの効果が得られないのだから結局爆弾が爆発する確率は特に来週においては最も高く80%くらい…という手遅れの感が否めないのであって、数週間前から無駄に、内に閉じた惨めな煩悶に汲々としていたがために事態を大幅に打開できるチャンスを自ら棒に振った事に気づいて、先述の諦念と恐慌の感情に加えて、後悔、という、粘着質で濯ぎ難い人間臭い汚れた感情までも新たに抱え込む破目になって吐きそうになっている日常である。しかし手続きを終えたおかげで、仮に来週爆発しなければ再来週水曜日から手続き発動により再来週水曜日~年末にかけて爆発する確率は大幅に減った事にはなり、微小の効能は得た。思えば例えば小生がナチスから目を付けられていつ何時摘発されるか分からないから一刻も早く亡命せねばならないという時に、馬鹿正直に天命を受け入れるように遅々として進まぬ正規の手続きを待つ間にゲシュタポから摘発される確率を日一日と無駄に高めながらも、世知に長けた他人に相談せず内に籠った惨めに甘んじていたために相談すれば其の他人が齎してくれたであろう即効の裏手続の機会を自ら逸していたとしたらそれこそ今頃ゲシュタポの魔の手に落ちていた、という事なのである…内向的な無為というしくじりの放置が人生においてはまさに命取りになるのであって、真新しい後悔の念に苛まれる今となっては澄まし返った諦念の化けの皮があっさり剥がされた無様が一層惨めである…そう思えば小生の、人生の危機に対する甘さ、諦めに逃げる軟弱さが、今回はゲシュタポ絡みのように命こそ取られずに済むだろうが、露呈したのであって、此度の事で改めて厳しく猛省が促されるのである。しかしながら最早手遅れであるのは変わりない、新たに加えられた後悔と共に苦悩の杭を脇腹に打ち込まれつつあるような日々を生きながら生活するしかないのである。
音楽もむさぼるが結局昔から愛聴している、既に此処で紹介したことがある音源ばかり聴いているので此処で新たに音楽に向き合うのが苦しい状況である。記事にしたことは無いが聴きたくも無い音楽を記事のために嫌々ながら聴くことなど到底できない。
ヤクルトの観客たちはほとんどがめいめい異なった普段の私服で神宮球場にぶらりと来ており、其の余裕が好ましいが、どこかの球団の観客のようにほとんどが真っ赤なユニフォームを着て其の一角が真っ赤に染まっているのは、ヤクルトと比較すると其の野暮と窮屈が強調される…しかしヤクルトの応援団の演奏曲はルパン三世のテーマや、ゾーンだかホワイトベイリーだかの少女バンドのヒット曲の打ち上げ花火の歌ばかりで、こうした楽曲は高校野球でも無差別に演奏される定番なのだから、それをプロの試合の応援に使用するのは矢張りアマチュア感が否めぬダサさが際立つような気がする…カープの丸が打席に立った時に応援団が演奏するテーマ曲は金管楽器が色褪せて冴える、どこか懐かしい茜色のオリジナル楽曲で、ナイターが始まったばかりの時間帯の、ホッとだらけながら何かが始まる予感が沸き立つ夕焼け空に似合っている。半音ずれてはにかむ曲調に情趣がある。
18歳以下の野球のワールドカップ…夏の甲子園で勝ち抜いた球児たちから選抜された日本チームが、其の勢いのままに対韓国戦で12対0で7回コールド勝ち、などという試合結果を見ると…単なるアナロジーではあるが、戦国時代を勝ち抜いて生き残った豊臣恩顧の武将たちが朝鮮半島に攻め込んだ文禄・慶長の役、というのを思い出す。実際に、日本チームのことを侍ジャパン、などと云っているし…小保方氏STAP問題→佐野氏エンブレム問題。コピーと切り貼りバッシングの繰り返し…。佐野氏のエンブレム自体はオリジナルだと小生は考えるが、他でボロを出し過ぎた…。
今日のNHK日曜美術館はあまりに視聴者を馬鹿にした糞番組だった。先々週あたりに放送したETVスペシャル、江戸時代の輪島塗の超絶技巧を現代の若手職人が再現する、という番組を、構成もそのままに冠だけ日曜美術館という題目で放送する、最後の最後で申し訳程度に日曜美術館の出演者井浦新を輪島でちょこっと取材させる、という安手の作りで…こんな糞番組の制作者が、日本の物作り云々などと厚かましいにもほどがある。
しつこく来訪しては直ぐ去る不審者…夕刻再訪してきて、ようやく出てみると国勢調査員である事が判明…居住者数と小生のフルネームを聞いてきたが、身分証明らしきを首に下げてはいるものの酔っぱらったような、水色のポロシャツの小太り中年男で、胡散臭い人物なので、偽名を教える。
「strawberry alarm clock/the world in a sea shell(1968)mvce-22009」
手短に…CD販売業界における、十数年前のソフトサイケ復興、再評価の折に入手したアルバムの中でも群を抜いた出色である…不穏の暗雲が闇雲に立ちはだかる、いっそなるようになってしまえばと捨て鉢、やけくそへと開く時もあれば燻製前に肉塊を凧糸でぎゅっちぎゅっちに縛り上げる閉塞から胆汁が滲み出る苦悩の重力地獄に苛まれたり…そうともなれば近所の…エンジンかけっぱなしで数十分数時間も停車し続ける騒音が神経を無性にイラつかせて鋭角の石礫を其の車のフロントガラスに突き立てたい怒りに苛まれ追い打ちをかける具合につくつく法師が喚き散らす。我慢の限界間近、たまらずベランダに飛び出て其の車を睨み付けると、そうなる前に車が去る。
野分尾に揚羽飛び立ち蝉は泣く
泣き喚き組み伏して落つ夫婦蝉
ロックの基本楽器以外にも様々な小物楽器を手際よく配置する神経の行き届いた緻密なれども工芸じみた、緻密ゆえの硬直はなく、緩い遊びの余裕が楽曲を浸すから、そこかしこに控えめな弦楽を蒔いても嫌味なく…とは云えポップ職人が生産するパッケージ化されて取っ掛かりの無く記憶にさっぱり残らない演奏とは隔絶して、味の諧調が渾然としたコクは否めないロックであるから昔から愛聴している。ソフトサイケの名盤…。どうも台所が臭い、しかし出所が分からなかったが…ある日、電子レンジを使うとあまりに濃い腐臭が劈くから浮足立つと、電子レンジの中の隅に、豚カツの欠片が転がっており、…豚カツを温めた記憶は最近ではないから、恐らく数週間前に、マイクロ波で弾け飛んだ豚カツがそのまま放置、時の流れで激しく、胸に詰まる甘ったれた腐臭を蔓延…其の物を除去し、電子レンジ内部をアルコール除菌しても、いまだに豚カツ腐臭が機器にこびり付いて文字通り払拭出来ぬ。どういう現象で有機物成分である臭いが金属表面に付着して取れないのか理解に苦しむ。国家主義政党自民党は安保法制に集中するため労働基準法改正を今国会では見送る事を決定…いわゆる残業代ゼロ法案、今の処は年収制限をもうけるとしても一度法案が成立しさえすれば条件の緩和など赤子の手を捻るように簡単なことであり、此の政党の国民への敵性が明らかになる度にやり場のない憎悪と怒りに苛まれて本当のたうちまわる、心の中の邪鬼を召喚するべく憤懣身悶えする。何か知らんが何をするでもなく定時過ぎてもだらだらと職場に居続け、残業時間の棒グラフを高く積み上げる事でたくさん働いているようにみせかける馬鹿者や、そうした風潮が通用する今時愚昧なる社風が存在するが、そうした連中を払拭するための効率化のためなら残業自体をゼロ、残業禁止にすればよいのに、それを残業代ゼロとは剥き出しの資本の理屈をそのまま立法に反映させる資本贔屓⇒労働者搾取…封建徳川の再来とばかりに生かさず殺さず働かせても相応の賃金はやらない腹。自民党に献金をたっぷりくれる経団連の御用聞きとして国家としての主体性を自ら放棄する、あるいは主体的に御用聞きに徹する敵性政党。国会前や日本各地で安保法制反対のデモ…その行動力自体は多いに励ましたい所存なれども…安保もさることながら労働法制に対してこそ目くじら立てて事を荒立てねばなるまいに。そういえば、アメリカの共和党の大統領候補のトランプ氏という、ブッシュに輪をかけて頭の悪そうな不動産王が、…彼は国民の下層の下劣な本音を代弁する事で人気急上昇のようだが…案の定、日米安保の不平等性(アメリカは日本を防衛する義務があるが日本はアメリカを防衛する義務はない)に対して歯に衣着せぬ悪態をついていた。アメリカ外交当局の公式見解は建前上、こうした見解をたしなめる姿勢を見せてはいるが…本音ではあるだろう。安保法制の騒ぎを隠れ蓑に、着々と進む労働法制…労働者派遣法がヤラれて…そして今回は延期だがこのままでは早いうちに労働基準法もヤラれるだろう…自民党経団連の北叟笑みが目に浮かぶようだ。栗の実の尖った方をコメカミにめり込ませられるように頭痛がひどい。かと思えば気を失うように急激な眠気で頭がぐらぐら、ホワイトアウト。ライナーを幾ら読んでもメンバーと楽器の相関が不明だから以下に記しようがない。
不穏Ⅲ
表
裏
どういう経緯か忘れたけれども義理の祖父からあまりに真新しい、従って失笑を禁じ得ぬ、メッキがテラテラしている鋼鉄製の十手を、一本のみならず二本セットで頂戴仕り…流しの古物商から無理やり売り付けられたと聞くが…護身用あるいは魔除けに、玄関先の堆朱紛い傘立てに一本入れておいて、もう一本は自室の流し掛け鉄釉雲助壺に、羊毛埃取りと共に放り込んで。温暖化の影響も看過できぬが地軸の傾きに比べれば此の大局…残暑の彼方に秋空が澄んで…内省の嵐は相変わらずなれど一見平穏無事な毎日だったのが…内心恐れていた通り矢張り外部から不穏分子、比喩ではあるが時限爆弾的なものが飛来して来た事実は…恐らく今年の9/6から12/31の間で其の比喩的時限爆弾は炸裂するだろう…他者Aの偽善的悪意によってそそのかされた他者Bが小生に攻撃を仕掛けてくるという目算…最早自分には制御しようも無い天命に甘んずる他はない、元より覚悟は済んだ事だけれども…理屈とはよく云ったもので、理に屈するという事であり…およそ中途半端な、程度の低い知性であるほど命(=死)に怯えてぐちゅぐちゅと閉じた理屈を捏ねるのに汲々となり、理屈から解放された他人を目ざとく見つけるや無反省に徒に怯えて小心者の馬鹿犬の如くやかましく吠え立てる、底辺で足を引っ張り合う事にしか能が無い不様を晒すもので鬱陶しい憂き世のしがらみ。完全に大悟して自由自在、遊戯三昧の境地に至れば楽だが…きれいが過ぎて魚も棲まぬは寂しかろ。いずれにせよ、性労病死愛別離苦の四苦八苦はいまだ健在。事に及んで度々生活乃至は生活苦という単語を選んできたが最早…生活という言葉が指示する、社会的でありながらどこか即物的な側面に逃げ込もうとも粉飾しきれぬ此の苦悩は陳腐を諦めながらも、人生乃至は人生苦という割り切れぬ言葉を使わざるを得ないほど…どろどろとして窒息しそうな程息苦しい、割り切れぬ人生の苦しみ、性労病死愛別離苦が他人事でなく日に日に重とうなってくる今日この頃である事は比喩的時限爆弾がセットされた外的事件も相俟って否定しきれなくなって来た。日々の不穏が日増しに色濃く苦しくなり…休みが挟まると元のリズムに戻るのも億劫、というよりか…もう、
…今の切実な心境としては…媒体に録音されたものを再生させて聴く、というおとなしい有り方やそこで出される音の限界、にも飽き足らなくなって来て…生音がオリジナルで電気処理が複製、などという二元論はエレキを前提とするロックという音楽のみならず空気という媒体と耳と云う個別の受容体が音の聴取には必須である以上、全音楽にとって既にして成立し得ない妄想ではあるが…それでも尚、現場現物という生成から噴出する妙というかご家庭では味わえない大音量と荒みという即物への傾倒が深まっており(音が大きければいいというのではない。詳述は割愛するが荒んでいてこそ…)、兎も角、CDを再生させて聴いて感想するのに辟易し、ライブやコンサートの荒んだ大音量でないと満足しきれぬ鬱屈した切迫した欲望、微細な変化や工夫を捉える好事的嗜好もすっかり磨滅した、もっと直接的な荒削りの何か=妙を浴びたいのであって…従って自宅に所蔵する音源の再考察という今までの書式が、今回限りかもしれないがすっかり潰えているのも致し方無いのである。とは云え、演奏者の肉体の動きや人格が滲む佇まいなどが演奏音と共に味わえるからライブやコンサートを渇望しているという事では、小生に限って有り得ず…どのみち人間自体から発せられる諸特徴や動きは凡庸の限りを出る事無く学ぶ処も少ないと存念する次第…人間から「出た」人間外の音という創作物こそが面白いと思うのであって、よってライブ会場では目をつむって聴いている事が多い、ということは全然なく、しっかり括目して聴いている…
固唾を飲んで見守られた首相安倍の戦後70年談話…その内容はさておき、談話発表の直前という緊張の最中にあってやっぱりやらかしてくれたのはトリックスター元首相鳩山。日本官憲による、韓国人活動家への拷問強殺を謝罪するための、現地韓国でのまさかの土下座。かの地での礼法に則った所作だったとは云え…茨城護国神社での全裸金粉塗りちんどん屋的コンテンポラリーダンス奉納への不敬視騒動と共に滑り込んでくれた脱力の珍事である。しかし、トリックスター鳩山の此度のやらかしは、あながち間違ってはいないから特筆に値するのであって、此の国の天皇皇后の慰霊行脚は所詮日本人の軍人軍属民間人犠牲者に向けたもので、占領地や植民地での日本人の卑劣な、差別主義的な蛮行の標的にされた外国人犠牲者への謝罪でも慰霊でもない。此の後者の役割を進んで引き受けるトリックスター鳩山の所業は一概に等閑に付す事は出来ない、天皇皇后の内向き慰霊行脚などよりも貴重で困難で有意義な事である。しこたま飲み過ぎた日本酒がビタミンを奪って痛過ぎる口内炎を発症…一週間たってようやく治癒に進む…
贔屓にしていたカレー屋「一楽章」…潰れたのかと思ってがっかりしていたら引っ越ししていたと判明、しかし如何に調べどもその引っ越し先が見つからず臍を噛む思いであったが満を持してやっと発見…店名も「一楽章~f(フォルテ)未完成~」という、くどく、思いの詰まったものに変更しており…クラシック音楽からの出典があるのかもしれないが…心機一転気合十分が覗える…店内の内装もリニューアルされて重厚欧風趣味全開の調度品で取りそろえ、新設のスピーカー前のテーブルについたためか大音量でクラシックをかけてくる…チキンカレーは相変わらずの絶品、香辛料が天高く先駆けるエスニックに調理されたパプリカまみれの焼き揚げ鶏のもも肉(タンドリーチキンというものなのか?)が、インド~イギリス~日本風がブレンドにブレンドされた固形物皆無の渾然絶妙カレールーにどっかと鎮座、飯の量の多さ、ルーと絡めた場合を考察した少し固めの炊き具合も健在であった。観葉植物の枯葉が鉢に放置されていたが小汚いのでそこは片づけた方がいい…厠に行くと、正面に、赤、紫、緑、黄色を薄く油で溶いた筆で不気味な魔女がいかついポーズで描かれており…赤い、どろっとしたゼリーが小汚くぶるんと沈む小鉢からカイワレ大根みたいな観葉植物がいじけて生えており。店内が広くなったのを機にアプライトピアノなども設置し、小さなクラシックコンサートも盛んに催すらしき…店員さんに熱心に、そちらの方での来店も勧められビラを持って帰させられる仕儀。カレーが旨かったから大満足であった。満腹過ぎて何も考えられず、久しぶりに古本でもあさる予定であったが集中できず、結局、戦時中にアメリカ軍が日本各地に撒いた降伏勧告ビラ、というのを500円で購入しておく。
余熱そして休み
先般発表させていただいた安保談話…結局一週間にわたりちょこちょこ加筆を施してしまう、そんなお盆休みだったから思ったより読書が出来ず後悔する…暇な時ほど読書できず、忙しい時ほど自分への嫌がらせのようにして寸刻を惜しんで読んでしまう…安保談話では、石垣島の現況について、今も中国漁船の「違法」操業が恒常化していると書いたが、改めてネットで見てみると違法性かどうかは分からなかった、というお詫びと訂正をしたい。…地元の漁協幹部は、石垣島近海では、日中、日台漁業協定の下に、共有漁場として日本、中国、台湾が漁業しており、互いに漁法が違うから競合する事は無いと申しているし、一方でその幹部はスパイだという恐らく偏った見解も横行しており、公正中立な情報を得る事は出来なかった。現地に行って直接島民に聴くか、現場を見るしかないようだ。小生が記憶しているのはテレビニュースで、石垣島漁民が、共有漁場で大型船を乗り回す中国漁船が怖くて近づけないから、実質、とても漁は出来ない、というコメントを言っていたという記憶であって、これはこれで事実だと思うが、それが先走りして、かような事を記述したのである。確かな事としては、石垣島の市長は、尖閣および石垣島周辺漁場の安全確保を目的に、隣国による尖閣奪取への脅威を取り除くために、此度の安保法制には賛成しているという事実だけを取り上げる。
複雑な内面性を抱えながら集団的自衛権容認の論陣に参じてみたもの、実際の処、小生もいまだに迷っている…米軍による安保形骸化を焦って先取るように懸念し、集団的自衛権に前のめりになるのが本当に国民の生命、財産を守ることになるのか、分からないのである。日米安保の強化などと考えず、現状維持したまま、あやふやな日米安保の余得を期待しつつ集団的自衛権というパンドラの函の封印を解くことだけは厳に戒めるべきなのか…一旦集団的自衛権を容認しておいて、しかし容易にはその権を使えないように歯止めをしつつ、しかし使えないと断定されると意味が無いので何となれば使える風を匂わすという…ザ・政治としか言いようがないテクニカルでクリティカルな、最後は肝なのか、此の決断を、インテリジェンス如きに落とし込めれば楽なのだが…こうなったらかくなるうえは集団的自衛権の歯止めとしては矢張り国民投票しかないのか、とも考える…有事の際、3日程度で投票できるよう、専用の投票用紙を印刷して備蓄、投票日を空欄にして投票場所だけ記載して、有権者証明?のあの選挙案内ハガキを全有権者に先行で送付しておくとか。あるいは、9条を正直一徹に守って、いざ日中有事とあらば当てにならない日米同盟に固執するよりも現行自衛隊戦力を飽く迄維持、研摩する事で専守防衛に徹する方に腹をくくる方がいいのかもしれない…自衛隊だけだと隣国よりも艦船数には劣ると云えども、自衛隊は精鋭である事を信じて一矢報いる戦力を誇示するだけでも抑止力とはならないか、否、甘い見通しだろう…誰もガンジーにはなれないのである…いずれにせよ、世論調査にある「どちらとも云えない」などという生温い選択肢が許されない時が来る、人生のみならず、国家においても…覚悟の夏である。
それはそうと、戦争による悲惨ばかりを被害者づらで強調する戦後特集番組が横行しているが…日本人は戦争の被害者、そうした側面がゼロとは云わないが…事実である加害者の側面ももっと露わにすべきではないのか。民放で少しだけその部分にスポットを当てていたが…もっと、この国の憲兵や、特攻ならぬ特高(特別高等警察)の、地位に乗じて剥き出しになる下劣残虐性、大陸で解き放たれた皇軍による住民虐殺の嗜虐性という、日本人というものの本質の一端を、事情、背景も含めてさらすべきである。
一雨去れば光もかげって、あら涼し。早くも秋の気配…憎し憎しと思うていた暑熱も過ぎてしまえば寂しさもひとしお、つくつく法師、ひぐらしが泣き始めた残暑…
