ロック史を体系的議論から解き放ちながら、サイケデリアの土着性とハードロックの非継承性を論ずる。主要1000タイトル、20年計画、週1回更新のプログ形式。
梅雨明け間近の…
ちょっとした些細なしくじりのせいで元気がなく…此のところ食欲も回復して漠然と自分の中から活力を見出して来た兆しがあっただけに…自分が常日頃心の片隅に追いやっている現実的な将来的絶望案件には歯牙にもかからぬ程の、今後の人生の成否に殆ど関わらない程の些事の等しいしくじりに過ぎないのに、其の途端、気ぶっせいで、投げやりな、ものに集中できない浅はかな、しかし深刻な恐慌程でもない狼狽にすばしっこく見舞われて落ち着かない気分…たとえそんな気分でなくても此の場で宇多田の音楽について論述する事は無いのは其れを書き始めたら其れこそ自分の心身の全てが其れに吸い取られて廃人化する公算が大きいからだが…発表されているアルバムの全てを流石に飽きるほど、と云いながら聴く度に全く飽きない鮮烈な発見に刮目しながら何度も何度もそして何度も聴き込んでいると…そうした振舞いをネットは察知するのか、宇多田のシングルコレクションの中に、アルバムに所収されていない楽曲が存在する事をネットがさりげなく注進して来て居ても立っても居られなくなり、其の曲グッバイハピネスをユーチューブで聴く破目に陥ると、一筋縄ではいかない玄妙なる出来にまたしても心を射抜かれて興奮…シングルコレクションの存在は当然知っていたが其れは宇多田が其の折々の音楽的思想を体現したアルバム所収の曲を任意に取り出して寄せ集めた物で要はアルバムの中に全ての楽曲は所収されていると、そして当の宇多田も原則的にシングル曲はアルバムに入れる方針だと何処かで発言していたのを記憶していたから其れを真に受けてアルバムさえ持っていれば宇多田の全作品を聴取できると思っていたのが、此処に来てアルバムにない曲がシングルコレクションに存在するとなると話は別。そうなると俄然触手を伸ばす対象になり、シングルコレクションの曲の99%はアルバムに入っているよく知っている曲だから入手する必要はないはずなのに、所持していない曲が一つでもあると知るや否や、アルバムとは違う並び方で異なるアルバムから選りすぐられた既知の曲が収録されているのを聴けばきっとまた新鮮な思索が句っと精神に食い込む形になるのではないか、と前のめりとなり、つい先ほど、シングルコレクション1と2を発注した。そして後悔した。シングルコレクションならその辺のCDショップに売っているであろうから、実店舗で買うべきだったと…気持ちがはやって手っ取り早くネット注文する事で、其の存在意義を守りたい実店舗を廃業に追い込むのに加担してしまった事に対して…贖罪の意味で、緊急で欲しい訳でもないが、近々に、実店舗でクラシックか現代音楽のCDを買おうかな…
次回は8月6日です。
次回は8月6日です。
らっきょう奮戦記
概して市販の漬物の不味さに対して日常的に辟易しており…京都の比叡山の麓の、小ぶりのナスを粕漬にしたか白味噌漬けにしたか忘れたが其の漬物が上手そうに思えて取り寄せてみたが砂糖過多で期待外れであり…ならばと糠漬けに挑戦しようと、しかし素人なので気が引けて無印の糠漬けセットに頼ったのが根本的な間違いだったのか、冷蔵庫の中で出来ると云う触れ込みだが、半年以上たっても乳酸発酵の滋味深味が全く出ず、ただの塩が効いた浅漬けレベルの単調さから脱却できず、糠漬け名人によるとタンパク質として煮干しなど入れるとよいと仰るので、煮干しだと腐敗が怖いので削り節を混入させてみたものの、発酵促進には至らず、単に削り節の匂いが添加されただけで発酵に関わる相互作用を起こさなかったので此れも期待外れ、数日おきに手でかき混ぜる苦労に耐え切れず丸ごと廃却…其れ以降、自分で作る簡単な浅漬けに甘んじるが其れにも飽きが来て…ふと、市販のらっきょうもまた不味い事を思い出し、もっとらっきょうの核心から生気が込み上がるような本物のらっきょうを食いたい、らっきょう漬けくらいなら作れるかしらんと、旬のらっきょうがスーパーに出回るのをずっと待ち構えていた日々が続いた。そしていよいよ其の時が来た。土付きは下処理が面倒なので洗いらっきょう1kg購入し…後日、其れでも十分らっきょうの実力に悶絶する事になるから土付きの真に新鮮な奴だと自分には手に負えないので結果オーライだと安堵する事になるが…そしてネットで簡単レシピを参照し、塩漬けと酢漬けの二種をこしらえる。ところが、予想外の事に、物凄いらっきょう自身の臭気が台所に充満し…瓶の口にシールテープを巻くなどの措置を施したが全く其の噎せ返る強烈な、しかしまぎれもない新鮮な、生きている臭気を密閉する事能わず…途方に暮れ、やり方がまずかったのかと、どこの馬の骨やも知れぬ料理研究家が無責任に提案するお手軽簡単レシピではなく、JA鳥取の公式ページで正規のらっきょう漬けの方法を学ぶと…らっきょうを沸騰した湯で10秒ゆでる工程がある。此れに、旺盛ならっきょうの生気を人間向けに鎮静化させる効果があり、此れを怠ったがために尋常でない臭気が発生するのかしらんと仮定し、一旦漬けたらっきょうの漬け汁を全て洗い流して10秒茹でてゼロからやり直すも…1日くらいは臭気が収まり、胸を撫で下ろしたのも束の間、ほどなくして臭気はビンビンに復活して効果なしと云う結論。容器の密閉性を上げるために新たに容器を買って試すが、其れでも効果ない。最終的には、らっきょうの保存容器をクーラーボックスに入れると臭気は部屋に漏れない事が分かり、場所を取り、インテリアを台無しにするので細君からは白眼視されつつも、そういう事になっている。何度もひっくり返したり入れ替えたり漬け汁の配合を変えたりとてんやわんやであったが、らっきょう自身は、そんな事にいささかも動じる事もなく自らに備わった鮮烈な風味を温存しており、自分が思い描いていた期待通りに、齧ると胸の奥に炎が着火するくらい激烈なる酢漬けに仕上がり、満足である。時間が経てば其れなりにこなれてこよう。塩漬けの方は、本来は塩水に漬けて其のまま乳酸発酵させるべきものを、あまりの臭気に恐れおののいて一旦煮沸した結果、発酵は止まったので単なる塩漬けではあるが、此れもまた素直にらっきょうの清新な激烈が露呈しており、キレのいい純米吟醸に合う。来年は臭気にうろたえずに、塩漬け+乳酸発酵に挑戦したい。
次回は7月16日です。
次回は7月16日です。
梅雨入りの閑居
最早、此のブログに自分の思想的核心や片鱗に少しでも触れるような事は書く気がなくなり…従って本当に此のブログの存在は形骸化…、そんな出がらしからさえも何か出て来るのかと云う糞どうでもよい実験の場と化しており…相変わらず事情が重なり過ぎて込み入った歯の不調と其の絶望や、矢張り解決はされない階上のバカ犬と其の飼い主への煩悶が愚図つく日々が自分の感情生活を不本意に占有している鬱屈が募る人生の袋小路に行き詰るゴミ溜めの如きイライラはむしゃくしゃするのみ…普段履いている靴底に穴が開いて路面が濡れているだけで靴下が嫌らしく湿るので、来週一ぱいかけて靴選びの苦行も待っているのが気ぶっせいに億劫でもあり…左右の足の大きさが1cmほど違い、甲高幅広の自分の足に合う靴探し…いっそどこかでオーダーすべきなのか…
次回は6月25日です。此の先、気が滅入るようなネガティブな事しか此の場では書けないであろう。
次回は6月25日です。此の先、気が滅入るようなネガティブな事しか此の場では書けないであろう。
GWを終えて
今年のGWは里帰りだけでなく久方ぶりの旅行も敢行できて充実…そうするとここ数年、コロナのせいでお預けとなっていたため漠然と心の中で想起されていた諸課題を実現するための現実味が俄然増してくる…今年、其の全てを実現できるか分からないが、備忘のため書いておきたい。
①青島から連れて帰った浜木綿の種…見事に発芽し、上げ膳据え膳で育て上げたが、際限なく繁茂するため鉢植えでは手に余るようになり…どこか、温暖な海岸付近にこっそり地植えしたい…去年、其の準備のためベランダで冬越しさせて生存確認したから、今年は、どこかの島のキャンプ場のコテージを借りて浜木綿とのお別れBBQをして、自然の中に植え付けたい。
②数年前の旅行で、鳥取市の物産会館的な処で、梅の花が異次元の嵐にかき消されつつある絵付けの湯呑が未だに忘れられず…十年以上常用している唐津の湯呑の縁の欠けが気になるようになった今、あの時は此れ以上物を増やしてはいけないと思って我慢したものの、未だに忘れられず…ネットで調べても意中の品と出会えなかったので、いっその事直接現地に行って連れて帰りたい欲望を抱えている。ついでに、数年前に乗馬体験した事が契機となって、大動物の息吹や鼓動を改めて感じたいので、鳥取砂丘のラクダに乗りたい。
③厳島神社の観月能を鑑賞したい。確か10月。今年はチケット入手に動く。
④笑いの研究に着手したので、其の一環で、小生が気になっている落語家、柳家喬太郎の寄席が関西などの近場で開かれるのであれば、いつか聞きに行きたい。
今年中に全ては出来そうにないが、このうち2~3つはやり遂げたいものよ。遊べるうちに遊びまくりたい危機感のままに…
次回は6月4日です。
①青島から連れて帰った浜木綿の種…見事に発芽し、上げ膳据え膳で育て上げたが、際限なく繁茂するため鉢植えでは手に余るようになり…どこか、温暖な海岸付近にこっそり地植えしたい…去年、其の準備のためベランダで冬越しさせて生存確認したから、今年は、どこかの島のキャンプ場のコテージを借りて浜木綿とのお別れBBQをして、自然の中に植え付けたい。
②数年前の旅行で、鳥取市の物産会館的な処で、梅の花が異次元の嵐にかき消されつつある絵付けの湯呑が未だに忘れられず…十年以上常用している唐津の湯呑の縁の欠けが気になるようになった今、あの時は此れ以上物を増やしてはいけないと思って我慢したものの、未だに忘れられず…ネットで調べても意中の品と出会えなかったので、いっその事直接現地に行って連れて帰りたい欲望を抱えている。ついでに、数年前に乗馬体験した事が契機となって、大動物の息吹や鼓動を改めて感じたいので、鳥取砂丘のラクダに乗りたい。
③厳島神社の観月能を鑑賞したい。確か10月。今年はチケット入手に動く。
④笑いの研究に着手したので、其の一環で、小生が気になっている落語家、柳家喬太郎の寄席が関西などの近場で開かれるのであれば、いつか聞きに行きたい。
今年中に全ては出来そうにないが、このうち2~3つはやり遂げたいものよ。遊べるうちに遊びまくりたい危機感のままに…
次回は6月4日です。
晴嵐の暢気
GWも間近、爽やかな風が吹き荒れるも空はどこまでも晴れ渡る快適な日であるから…自公維と其の支持者によって、数年後には自分の身に迫る殺処分対象としての徴兵、戦地に着く前での魚雷攻撃(多分無防備な民間船に詰め込まれるから)による溺死、職業軍人による戦地での面白半分の虐待、拷問や裁判なしの恣意的な銃殺、職業軍人から弾よけ扱いで前線に放り出されての中露軍からの銃殺死、はたまた特高による拷問、暴行死、あるいはあらゆる社会システムへのアクセス権を剥奪されての寒中飢死、と云った絶望的な末路もどこか他人事な陽気で、今宵は秘蔵してある舶来のビールでも飲もうかなどと企んでいたりする能天気…国家主義勢力がとめどなく乱発する政治的策動における多種多様な制度的暴力と腐敗の愚行の数々にいちいち反応しきれなくなって口を噤むリベラル勢力の歴史的お約束の例に漏れず自分も口を噤むようになって久しく…其の結果今や、保守勢力による民主主義へのあからさまな破壊行為が臆する事無く大手を振ってメディア上で何ら正当に批判される事なく横行する始末であり、内心忸怩たる思いであったとしても…自分は鉢植えの白梅がカイガラムシにやられたので其れ用の殺虫剤で対応したり、楓がうどん粉病にやられたら土の水はけをよくすべく赤玉土の比率を上げたり其れ用の薬剤を噴射したりして病にやられた植物たちの回復を待っていたりする…此の全的な基礎的元気の無さは歯や口腔環境の悪さが決定しているのだろうが…若い頃から歯磨きと語学だけはしっかりやっておけばよかったと云うのが自分の一生の不覚である…実際の処、徴兵や拘留されて拷問されるよりも、其れによって歯医者へのアクセスが絶たれる方が遥かに怖い…歯さえ問題ないなら持ち前の思想的節操によってそこそこ根気よくそうした絶望状況に耐えられるかもしれないが、歯が悪いと耐えられずに思想的にも自滅して悶死しそうであるから、其の日に向けて其の状況においていささかなりとも踏ん張りたいと云う思想的目的もあって、今、急いで歯医者通いしている…
次回は5月14日です。こんな状態で、此のブログを続ける意味があるのか、止める決断もできぬほど弱っている…。
次回は5月14日です。こんな状態で、此のブログを続ける意味があるのか、止める決断もできぬほど弱っている…。
悲壮な覚悟が激痛で事もなげに
要するに此の愚劣な、最早救い難く改善しようがない国外国内情勢から鑑みて、数年以内に、自分の如き人間はすぐさま体のいい懲罰、殺処分対象として徴兵され、戦場や軍隊に拷問されて殺される状況なので、其れが前提で日々の命を最大限生き抜かなければならない適度?な緊張で毎日自分のなすべき事に向き合っている…多分あと5年以内だろう。其れで実際、此の認識が自分のともすれば怠惰に流れがちな日々に適切な緊張感を与え、メリハリの利いた課題の向き合い方を整えている効果はあった…とは云うものの、そんな覚悟は時に日常に亀裂の如き恐慌的不安を与える事が些細な問題ではあったけれども、そんな状況とは裏腹に、其れとは関係なく、別途問題が押し寄せて来て…持病の歯肉炎、重度の歯槽膿漏が痛み始めたから歯医者通いを始めた矢先、資本と国家と自民党が原因のストレスが原因なのか、口内の痛みを暴力的に増幅する口内炎が勃発、事あるごとの激痛に苛まれる事によって、資本や国家や自民党や其の支持者が自分を殺しに来ると云う、理論的には極めて現実的だがさし当って今日の今ではない懸念がどうでもよくなる激痛に苛まれた一週間であった…其の間、かねてより伝え聞いていた事だが祖母の様態が急変し、みまかられて菜の花畑、通夜、葬式にて無常を嚙み締めつつ、帰宅すると春が来た温かさでエアコン要らずであるのと同時に、全てに対して投げやりな感情にさせる口内炎が治り…今まで痛くなかった前歯の歯肉が新たになぜか地味に痛い苦しみで相変わらず人生のパフォーマンスを口内環境の劣悪化によってかなり落としている…。春なのに陰惨な気分が鬱々と殺伐と浅はかに思慮を干上がらせ、ユーモアや数奇心、創意が炸裂する余裕が失われているのが分かる…芭蕉の書簡など読んでいたら翁も持病の痛みに耐えながら風雅を探求していたようだから、誰しも万全の状態で創意工夫している訳ではないにしても…此の痛みさえなければ、もっと、日々の課題や他者への対応の正念場の処でグッと突っ込んだ考察、発想、誠実さが展開されるのに、と云う悔しさがある。
骨揚げや内に組むべし炭手前
次回は4月2日です。
骨揚げや内に組むべし炭手前
次回は4月2日です。
